琺瑯看板探検隊が行く

ホーローの旅

レポート126 福島県へ、サクラ吹雪の関東紀行 後編

2007.4.14
栃木県那須町~太田原市~那須烏山市~那珂川町~茨城県大子町~日立大宮市~那珂市


探検レポート126

白河で泊まったホテルは、思った以上に快適な空間だったが、今更ながらに感じることは、“寝てしまえば、どこでもいっしょ”ということだ(笑)。
ふかふかのベッドで寝ようが、ベンチで寝ようが、雨漏りがしようが、お化け屋敷だろうが、熟睡ができたらどこも同じだ。
山登りをしていた頃は、年間50~60泊の野宿をしてきたが、平日の寝不足を山で快眠することで補っていたので、正直言って、宿については贅沢を言わない。
とはいえ、「サイテーの宿ワースト10」はどこだなどと、けっこううるさいのだ(矛盾してるなぁ・笑)。
さて、そんな快適空間のホテルで、ベッドのぬくもりの余韻に浸ることもなく、雨が上がった6時過ぎから行動を開始した。

▼4月14日
白河市を南下すると、すぐに栃木県に突入するが、計画では、このままどんどん南下し、那珂川町から茨城県に入る予定だ。
ここからは埼玉県のホーローマニア・ウシ君さんからの情報を参考に、効率よく探していく。
まずは、太田原市の自転車看板だが、ここにはレアもの揃いの4枚の看板が貼られていた。おそらく昭和20~30年代のものだろうが、「號」「轉」という旧字が、いかにも時代を感じさせる。
看板の製作年代については、メーカー側の資料があれば一番確実なのだが、実際には想像力を働かせるしかない。字体やデザイン、聞き込み(笑)などで、おおよその年代を想像する。こうした作業もホーロー探検の醍醐味なのだが、これまでの経験では、看板が貼られた店の店主の話はたいていの場合、マユツバものだということだ。実際には、まともに答えた人はほとんどいなかったと思う(笑)。

探検レポート126

「この看板は、いつごろからあったのですか?」(明らかに昭和40年代の看板を指して) 「爺さんが戦争から帰ってきてすぐのころやから、かれこれ60年以上前やな…」
…まあ、こんなやりとりがふつうだ(笑)。
話が横道に逸れてしまったが、茨城県との県境の町・那珂川に入って、栃木県初の看板酒屋に遭遇した。遠くからでも、軒下に何枚かの看板が下がっているのが見える。
クルマを路肩に止め、まずは外観を一枚。さて、次に違う角度からと思ってカメラを構えて近づいた瞬間… 「あなた、なにやってるの!!!」 店の入口から、中年の店主(男性)がすごい形相で飛びだしてきた。
(しまった、こりゃまずいなぁ…)と思う間もなく、
「あんた、今、写したよね、何撮ってるの、勝手に!」(あなたが、“あんた”になった・汗)
それからが大変だった。ホーロー看板を求めて、全国の町を回っていることや、写真しか撮らないこと、そして、軒下の看板を撮らせて欲しいことなど、丁寧に説明して食い下がったが、どうにもならない。
さすがに今写した写真をなんとかしろ、とは言われなかったが、最後は、「撮るのは絶対ダメです。許しません!」の一言で終わった。
これまでも何度かこうしたケースに遭遇したが、ここまで強行に拒まれたのは初めてだった。最初に店に入って、酒でも買って許可を貰うべきだったと反省もしたが、まぁ、仕方がない…と思うしかないようだ。
“撮影拒否事件”の余韻を引きずったまま、茨城県に入るが、自分にとってはけっこうショックだったのか、その後のモチベーションが落ちて、看板を探すことに集中できなくなってしまった。根が繊細なのである(笑)。
看板のほうは、見つけたらラッキー、ぐらいの気持ちで、のんびりと走ることにした。大子町では以前より気になっていた「袋田の滝」を見物し、その後は、レンタカーの返却地である水戸駅までひたすら走った。
春真っ盛りの週末に、サクラを追っかけて福島県まで足を踏み入れた探検だったが、最後がいけなかった。(おわり)
(2007.5.19記)
※画像上/袋田の滝“日本の滝100選”にも選ばれている。スダレ状の滑が素晴らしい。冬季は結氷する。



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Profile

つちのこプロフィール
つちのこ
岐阜県在住。
歩き旅とB級グルメの食べ歩きが好きな定年オヤジです。 晴耕雨読ならぬ“晴読雨読”生活に突入し、のんびりとした日々を送っています。
2020年には、少年のころからの夢だった、北海道から鹿児島まで日本列島を徒歩で縦断。
旅の様子はブログ『つちのこ更新日記』で発信中です。


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