琺瑯看板探検隊が行く

ホーローの旅

レポート129 東北ホーローの旅2 会津から杜の都へ

2007.5.3
福島県郡山市~福島市~川俣町~伊達市~福島市~山形県米沢市~高畠町~宮城県蔵王町~村田町~仙台市


探検レポート129

快晴の朝を迎えた。今日のスケジュールは少し変則的だが、福島県から峠越えで山形県米沢市に出て、蔵王連峰の裾野を抜け、宮城県仙台市までだ。
福島→山形→宮城の3県を探検しようという欲張りな計画である。
いつもそうなのだが、ホーロー探検でホテル泊をする場合の朝食はコンビニで摂っている。最近のホテルは朝食無料サービスを提供するところが多いが、7時からというのがほとんどで、とにかく少しでも早く出発したいという、ゴキブリのようにせわしい探検隊は、待っていられないのだ(笑)。
この日、空腹を覚えて最初に飛び込んだコンビニで偶然見つけた看板が、浪速千栄子のおばさんがにっこり微笑むオロナイン軟膏だった。
今となってはけっこうレアな看板になってしまったが、コンビニの駐車場の目と鼻の先の民家に貼られているのに、よくぞ持っていかれなかったものだと感心した。
オロナイン軟膏を見つけた場所からはJR東北本線に沿って走る。情報によると松川駅近くに看板屋敷があるらしい。

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田園風景が遠くに広がるのどかな駅周辺を線路沿いに歩いてみたが、それらしい屋敷は見当たらず、時間はどんどん過ぎていくばかりで、結局30分で打ち切った。
次に川俣町から伊達市、福島市へお宝の姿を追いながら走る。川俣町ではすばらしく保存状態が良い「ジンセンアップ」をゲットした。
モデルの南利明さんが亡くなられて13年になるが、いまだに色褪せない看板の中で、人なつっこいひょうきんな姿を見せ続けていることは、タレント冥利に尽きるのではないだろうか。
福島市の飯坂温泉には親類が住んでいたこともあり、子供の頃から幾度か訪れている。福島交通の一両電車が、桃や梨畑が続くのどかな風景を走っていた。
もちろんこの電車にも何度も乗ったが、乗客の中に、つま楊枝をくわえたフーテンの寅さんが、口笛を吹きながら車窓を眺めているような、そんなロケーションがよく似合うくらい、のどかだった。
坂道を登っていくと町営の浴場があり、町民は5円で入浴できたことを覚えている(笑・もう40年も前の話)。
飯坂温泉から国道13号線に入り、米沢市を目指した。トンネルが続く山越えルートだが、吾妻連山と蔵王連峰の間を縫うように走るだけに、新緑が始まったばかりの渓筋(たにすじ)には、まだ雪渓が残っており、5月の陽光に反射していた。
米沢市に入ると、国道沿いにもホーロー看板を見るようになってきた。「いいぞ~、いいぞ~」とつぶやきながら、市内中心部の探検を大いに期待すべく向かったが、なんと「市街地渋滞中」の電光板。

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まったく知らなかったが、ちょうどこの日は、米沢の一大イベントである「米沢上杉まつり」が開かれていた。 さすがにこの状況では市街地に突入することはできない。
残念だが大票田を諦めて、高畠町に向かうことにした。
田園風景の中に集落が点在する高畠町は、「昭和の町」で売り出し中だ。役場や銀行がある中心部に、「昭和縁むすび商店街」という昭和30年代をテイストした町おこしを行っている。
ホーロー看板もいたるところで見ることができるが、いわゆる寄せ集めの“飾り看板”である。
商店街の道幅も雪国らしく広すぎるし、集められた風俗も一貫性がなくどことなく中途半端だ。
大分県の豊後高田市のような、昭和30年代のにぎやかな商店街がそのまま残っている、凝縮されたイメージには程遠い。
いずれにしても、アミューズメントスポットとして人を呼ぶことを考えるならば、役場の観光課はもっと知恵を出すべきだろう。
高畠町で少々肩透かしを食った気持ちで、蔵王高原から仙台市に向かう。
山形県はかすめただけに終わってしまったが、またのチャンスに期待することにして、琺瑯探検隊としては初めて足を踏み入れる宮城県に突入した。
まずは村田町だが、ここは“知る人ぞ知る”観光スポットだ。最も、古い町並みや歴史に興味がない人にはまったくつまらないかもしれないが…。
メインストリートには黒塗りの大きな商家と、これも巨大な蔵が立ち並び、圧巻である。あまりにも大きな家屋だけに、核家族化が進んだ今日では、家を捨てて、管理を町にゆだねるケースも多いらしい。

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黒塗りの蔵が素晴らしい家屋の前で写真を撮っていると、向かいにある雑貨屋の店主が出てきて、「どんぞ、見学していってきんさい」としきりに進める。
更に私のクルマのナンバーを見て、「ようも岐阜県から、軽できんなさったな」と。(うーん、このクルマは軽じゃないけど…笑)。
案内された旧家は、幕末の頃は醤油造りをされていたらしく、巨大な梁を使った吹き抜けの重厚な母屋もさもさることながら、作曲家の古賀正男がよく訪れていたという、立派な離れも当時のまま残っていた。
仙台市からほど近い村田町であるが、町並みを見に来る観光客もほとんどいないようで、高畠町のイカサマっぽい軽さに比べると、はるかに歴史の重みと真実を感じる町だった。(つづく)
(2007.6.24記)
※画像上/重厚な旧家が軒を並べる村田町の町並み。
※画像中/高畠町で食べた米沢ラーメン『源来軒』600円 ちょっと醤油がきつかった。



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Profile

つちのこプロフィール
つちのこ
岐阜県在住。
歩き旅とB級グルメの食べ歩きが好きな定年オヤジです。 晴耕雨読ならぬ“晴読雨読”生活に突入し、のんびりとした日々を送っています。
2020年には、少年のころからの夢だった、北海道から鹿児島まで日本列島を徒歩で縦断。
旅の様子はブログ『つちのこ更新日記』で発信中です。


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