琺瑯看板探検隊が行く

ホーローの旅

レポート217 岡山から兵庫へ、瀬戸内の旅

2010.2.13-14
岡山県浅口市~倉敷市~備前市~兵庫県赤穂市~上郡町~佐用町~たつの市~姫路市~加西市~加東市


探検レポート217

後方からのクラクションとともに、赤いテールランプが光の残像を伸ばし、猛スピードで眼前をすり抜けていった。
その瞬間、私の心臓は早鐘を打ち始めた。 バクバクと動き出した脈と比例するようにハンドルを握る手が汗をかきはじめ、運転することが急に怖くなってきた。
時速100キロで流れるクルマの波に乗れず、肩の力を抜き、深呼吸しながら気持ちを静めても、これが断続的にやってくる。
非常駐車帯もないし、大型トラックは車間をつめて疾走してくる。このままじゃ、ヤバイと思った。
声を出したり、窓を開けたり、水を飲んだり、ガムを噛んだり…ブルブル震えながら、SAに逃げ込んだ。
パニック障害の発作である。深夜の名神高速、京都~吹田間の出来事だった。
5年前の深夜、やはり高速道路を独りで走っていて、同じような状態になった。しばらくなかったので、タカをくくっていたが、魔の手は忘れた頃にやってきたのだ。
考えてみると、疲れた状態での運転と、SAが50キロ近くないという事実、深夜でも交通量が多いというイメージが知らないうちにプレッシャーとなって、心の奥底にしまいこまれていたようだ。

探検レポート217

つい2週間前の深夜も、同じ道を一人で走っていたが、その時はなんでもなかった。疲れが溜まっていたのだろうか…。
万事を帰して、SAで明け方まで仮眠をとった。日が昇ってから運転を再開したが、何事も無かったかのように、すでに気持ちは落ち着いていた。

▼2月13日
山陽自動車道を鴨方インターで下り、金光駅を目指した。
以前は、駅周辺に「仁丹」の看板が貼られた数軒の屋敷があったようだが、現在では2軒しか残っていない。
仁丹看板は主に東海道本線と山陽本線沿いに貼られたようだが、その分布を見ると、現在確認できている東の端は静岡県伊東市で、西は兵庫県上郡町である。
今回の探検では、情報をいただいた岡山県の3件(金光、倉敷)と、兵庫県姫路市の1件を撮ることが目的の一つである。
一軒目はすぐに見つかった。しかし、2軒目をどうしても見つけることができず、ここまで来て残念であったが、結局諦めることになった(後日、情報提供者のジャンボフェニックスさんに確認したところ、どうも見当違いの場所を探していたことが分かった)。
気持ちを切り替えて、金光教の本山がある町並みを流し、2軒目の屋敷がある倉敷市に向かう。
住宅地の空地にクルマを止め、JR山陽本線が通る高架を目指して歩く。目星を付けた狭い路地に入り、後ろを振り返ると、どんぴしゃのタイミングに仁丹が貼られた屋敷があった。

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岡山県の探検はここまでとし、兵庫県姫路市の残りの1件は翌日に回すことにして、一路、赤穂市に向かう。 時間短縮を考えて、岡山ブルーラインに乗った。
高速道路並みに整備された道で、一瞬、昨夜のパニック発作が脳裏をかすめたが、これは杞憂に終わった。
碧く輝く瀬戸内海を見ながら走るドライブは、思いのほか気分をほぐしてくれたようで、赤穂に着くころには鼻歌混じりになっていた。
赤穂を訪れたのは初めてである。古い家屋や商店が軒を並べる町並みは、そこに立ってみると、江戸時代に紛れ込んでしまったかのような錯覚を覚えるぐらいレトロな空間だった。
そんな町並みに、「ツルマルマッチ」と「高級透明蝋燭」の看板が貼られた雑貨屋があった。
時間がそこだけ止まってしまったような、濃厚な雰囲気が漂っていた。
さて、その商店、看板を撮影したいことを伝えるべく店の奥に声をかけてみるが、興奮した犬の鳴声がするだけで、誰も出てこない。
(しょうがない、撮り逃げするか…)と思ってカメラを向けたところ、昼飯の最中だったのか、口をもぐもぐさせながら店主のおじいちゃんが出てきた。
「待たせて、えらいすいませんな…」と、もぐもぐ(笑)。
私が買い物客じゃないことが分かると、なーんだ、という柔和な表情で、「好きに撮ってええよ」と言いながら、店の奥に消えていった。

探検レポート217

この日は上郡町から佐用、相生、たつの市…と、北上したり南下したり適当に回ってみたが、これといったお宝を見つけることはできなかった。
印象的だったのは、たつの市の室津漁港の風景だろうか。
夕日が沈む直前の、ぼんやりとした中に一瞬の輝きを見せる海は、それを見ただけでも旅情気分が満たされる経験だった。

▼2月14日
世界遺産・姫路城に至近のホテルに泊まったが、お城には脇目もくれず、今日もホーロー探検である。
まずは、クエストⅢさんに教えていただいた、JR播但線沿いにある看板屋敷に向かう。
「コマ印運動靴」と「コマ印地下たび」が貼られた屋敷はすぐに見つかった。なんといってもそのロケーションが素晴らしい。
広々とした休耕田に建つ孤高の屋敷に、オレンジ色に染める朝日がやんわりと照らしている。 (美しい、神々しい…)。思わず言葉に出てしまいそうだ。
これを“荘厳”と表現しなければ、何を荘厳とするのか…。
潰れかけた看板屋敷に美意識を感じる僕は、変なのだろうか(笑)。
朝からいいものを見た満足感で、交通量が多くなってきた国道2号線を高砂市に向かう。
次のターゲットは、曽根駅付近にあるという仁丹屋敷だ。
駅が近づいた手前から東に伸びる旧道に入り、丹念に探していくが、ターゲットは見つからない。

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旧道から国道、更に鉄道沿いの脇道にまで探索の幅を広げてみるが、仁丹が貼られた屋敷は見つからなかった(後日、「お散歩Phot Album」の安部さんに問い合わせたところ、旧道に入るためカットした辺りに屋敷があったことが判明した)。
結局、仁丹看板を探すチャレンジは2勝2敗の五分で終わってしまったが、兵庫県内を回った二日目の探検は、レアな自転車看板が貼られた廃商店や、ずらりと並んだ地酒看板が圧巻だった酒屋で、頑張っているお宝を見ることができた。
加東市の酒屋さんは、私が訪ねたときには、冬季オリンピックの女子モーグル決勝の真っ最中だったようで、店内から上村愛子選手が4位になった実況が聴こえていた。
間の悪いときに顔を出した私に、店主のおばあちゃんは迷惑そうな顔を見せず、看板の前に置かれたビールケースを下ろすのを手伝ってくれた。
「キリンビール」の看板が1枚盗られてしまったと嘆いておられたが、盗んだ者を責めるわけではなく、無くなったことによって隙間ができたことを残念がっていた。
今は応急処置として、「清酒島美人」の看板をその位置に貼ったけど、少し幅が大きいので、はみ出てしまったと笑っていた。
赤穂の雑貨屋のおじいちゃん、酒屋のおばあちゃん、純粋で大らか、そして何よりも心が暖かいこうした人々がいる限り、しばらくはお宝たちも安泰だろうと、改めて思った瀬戸内の旅だった。
(2010.3.7記)
※画像上/夕暮れの室津漁港。ずっと眺めていると、遠くに見える島と海の境界線が、徐々にあいまいになっていった。
※画像中/赤穂市の古い町並みを歩く。
※画像中/岡山ブルーラインから見た瀬戸内の海。たくさんの筏が浮かんでいた。
※画像中/陽が落ちる直前の灘菊酒造㈱。工場見学は自由にできる。代表銘柄は「清酒灘菊」。創業明治43年(1910年)。
※画像下/JR播但線沿いの屋敷。朝日に輝く姿は孤高の威厳に満ちていた。



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Profile

つちのこプロフィール
つちのこ
岐阜県在住。
歩き旅とB級グルメの食べ歩きが好きな定年オヤジです。 晴耕雨読ならぬ“晴読雨読”生活に突入し、のんびりとした日々を送っています。
2020年には、少年のころからの夢だった、北海道から鹿児島まで日本列島を徒歩で縦断。
旅の様子はブログ『つちのこ更新日記』で発信中です。


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