琺瑯看板探検隊が行く

ホーローの旅

レポート265 灼熱の九州6日間の旅2 耶馬海道編

2012.7.29
福岡県北九州市~行橋市~豊前市~大分県中津市~日田市~福岡県東峰村~うきは市~久留米市


探検レポート265

夜が明けきらぬ、山口県防府市の宿を後にする。
出で立ちは半ズボンにTシャツ、足元はビーチサンダルである。ズボラな自分はおそらくこの格好で残りの5日間を過ごすに違いない。
そんなことを考えながら、薄い雲の隙間から星が瞬く空を見上げた。
中国自動車道に乗り、すっかり明るくなった関門海峡を渡ると、いよいよ九州上陸だ。
最初に目指したのは北九州市。コンビニの駐車場にクルマを止め、早朝のウォーキングや犬の散歩する人々と目礼を交わしながら、古い民家が密集する界隈に足を踏み入れた。
錦町5丁目の町名看板はそんな一角にあった。朝食の準備をしているのだろうか、食器を並べる音やテレビのニュースが洩れてくる。
昭和30年代から40年代にかけて全国でたくさん貼られた町名表示の看板も、市町村合併や町名変更とともにその姿を消している。
自治体によっては、愛着のある旧町名を復活させようとする動きもあるようだが、消えてしまった看板が帰ってくることはないだろう。
北九州市からはJR日豊本線に沿って南下していく。

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周防灘に面した福岡県苅田町では、県道から逸れた脇道で素敵な町並みを見つけたが、狭い道路にクルマを止めてカメラを構えた途端、背後からクラクションを鳴らされてしまった。
仕方なくクルマを移動し戻ってくると、今度は散歩中のお年寄りが怪訝な目を向けてくる。不審者か地上げ業者とでも映ったのだろうか、結局シャッターを押すことができぬまま昭和の雰囲気を残す町角を後にした。
行橋市から豊前市のルートは2006年夏の探検でも通っているが、行跡を地図に記録していなかったのが失敗で、JR豊前松江駅前で「兵六餅」の看板が貼られた民家を見つけたとき、思わず過去にこの場所に立っていたことを思い出してしまった。
「加美乃素」と「蛇の目ミシン」が貼られた屋敷も同様だった。
福沢諭吉の生家がある中津城下に入ると、遮断できないほどの強烈な日差しが“ひとり探険隊”の僕に容赦なく襲いかかった。首に巻いたタオルが滴る汗で見る見る濡れる。
カメラの液晶画面に反射する太陽光が眩しく、お宝を見つけるとファインダーを覗いて素早くシャッターを押し、素早くクルマに戻るという動作を繰り返していく。
中津市の中心部から国道212号線を南下し、耶馬溪方面へとハンドルを傾ける。
今回の探検のメインともいえるルートだが、いくらも走らないうちに「耶馬溪方面全面通行止め」の電光板の道路情報が…。

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一瞬唖然とするが、念のため中津警察署に問い合わせると、7月に発生した九州大雨被害で耶馬溪町を貫く山国川が氾濫し、耶馬溪町の戸原地区で通行止めになっているが、迂回路があるので日田市に抜けることは可能ということだった。
奇岩が連なる「青の洞門」を過ぎると迂回路となったが、結果的にはこれが正解だったようで、9枚もの看板を貼った酒屋を見つけることができた。
しかし、喜んでばかりもいられない。迂回路を終えて国道212号線に戻った下郷地区で、とんでもない光景を目の当たりにすることになった。
そこには、コンクリートの橋の欄干が無残にも崩れ、川沿いの集落の民家は申し合わせたように1階部分が消失し、泥で埋め尽くされていた。
「不二わた」の大きな看板が貼られた商店も1階部分は柱だけが残っているという有様だった。 これを見ただけでも大変な被害があったことが分かった。
急激に看板探しのモチベーションが落ちるのを感じたが、旅はまだ始まったばかりである。被災された方々に手を合わせるように日田市に向けてハンドルを握った。
古い町並みが残る日田市は日曜とあって、薫長酒造から続くメインストリートは観光客の姿で埋まっていた。
つい先ほど見てきたばかりの被災地の残像を払拭するような喧騒ぶりだった。
「日本丸」というクスリの看板が揺れる製造元の前では、ソフトクリームやかき氷ののぼりがはためく。

探検レポート265

思わず列に並びそうになるも、晩酌の冷たい生ビールを思い浮かべて、ぐっとこらえた。
ホーローの旅2日目は、日田市から更に北上して、宝珠山のふもとの東峰村や添田町を回り、予約した宿がある久留米市まで走った。
気合が入った結果は走行距離500キロ超えとなったが、その甲斐があってか福岡県の山中で、「マルハン石鹸」という、おそらく戦前モノの看板を見つけるというサプライズもあった。
リアルなイラストが描かれた看板は、ここ数年来のホーロー探検でも一番の発見といってもよい。
被災地を見て意気消沈し、レアなお宝を発見して興奮する…自分はなんて単純で、自分勝手な男なんだろうと、少しばかし自己嫌悪に陥りながら、暑かった一日が暮れていった。(つづく)
(2012.9.16記)
※画像上/大分県中津市耶馬溪の青の洞門。そそり立つ奇岩と稲の青さが目に沁みる。
※画像中/福岡県苅田町の町並み。この風景よりも更に素晴らしい昭和の雰囲気が漂う一角を見つけたが、あいにく撮影ができなかった。残念!
※画像中/大分県中津市耶馬渓町下郷地区。7月の集中豪雨で町を流れる大国川が氾濫し、甚大な被害が出た。橋もご覧の通り、ズタズタになってしまった。
※画像下/日田市中心部の町並みを歩く。
※宿泊/セントラルイン(久留米市) 朝夕食無料3460円。2食ついてこの価格は凄いが、サービス程度の食事内容は良くない。アウトバスだが、浴槽には湯がなく、シャワーのみ。☆☆★★★



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Profile

つちのこプロフィール
つちのこ
岐阜県在住。
歩き旅とB級グルメの食べ歩きが好きな定年オヤジです。 晴耕雨読ならぬ“晴読雨読”生活に突入し、のんびりとした日々を送っています。
2020年には、少年のころからの夢だった、北海道から鹿児島まで日本列島を徒歩で縦断。
旅の様子はブログ『つちのこ更新日記』で発信中です。


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