琺瑯看板探検隊が行く

ホーローの旅

レポート273 夏の終わりのハーモニー1 奈良~兵庫編

2012.8.29
奈良県天理市~高取町~御所市~大阪府富田林市~泉大津市~岸和田市~兵庫県三木市~稲美町


探検レポート273

井上陽水×安全地帯のコラボ、『夏の終わりのハーモニー』(1986年)がカーラジオから流れてくる。
陽水の透明感がある伸びやかで、そしてけだるい歌声がなんとも心地よい。 そう、私はいま、“夏の終わりのホーロー探険”に出かけている。
早朝に自宅を出て、渋滞が始まる前の東名阪四日市インター付近を抜け、一気に奈良県までやってきた。
天理市の中心部からのどかな田園風景が広がる郊外に入ると、田んぼの中に忽然と現れた浮島のような小さな集落にぶつかった。
集落に分け入り、目星をつけたポイントにお宝の姿を見つけたことはいいが、プリウスの車幅がぎりぎりの狭い道では駐車もできず、仕方なく集落を抜けた先の、広い路肩があるスペースにクルマを置いた。
戻ること5分。あっという間に汗まみれになった。
さっきまで聞いていた陽水の涼やかなメロディは頭からとっくに消え、今は一刻も早くこの灼熱地獄から逃げることばかり考えている。

探検レポート273

田んぼに囲まれた小さな集落は、クルマがすれ違えない“目抜き通り”と、そこから派生する更に狭い路地で構成されていた。
その囲いの中に胡麻油やミシン、地酒の看板が残っていた。
この暑さである。誰も歩いていないし、誰にも出会わなかった。素早く写真を撮って、クルマに戻った。
ここで半ズボンに履き替え、靴もビーチサンダルに替えた。結局、下着やTシャツこそ毎日替えたが、それ以後の3日間はずっとこのスタイルで通すことになった。
今回の探険は、6月に購入したばかりのプリウスとの初めての長旅である。計画では岡山県で折り返して兵庫県をたっぷりと回る予定なので、走行距離も1000キロは超えるだろう。
燃費が命のハイブリッドの本領発揮といったところか。 天理市からは投稿者の方からいただいた情報を参考に、高取町、御所市に立ち寄り、大阪府岸和田市を目指した。
白ダイや資生堂石鹸、羽二重石鹸が貼られた商店は、何度もカーブする道をずんずん登った坂の途中にあった。
自販機が置かれたすぐ横にある入口を覗くと、開けっ放した薄暗い店内には食料品やビールケースが重ねられていた。声をかけても返答がなく、留守のようだった。

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それにしても、店舗に誰もいなくていいのだろうか?不用心じゃないの?そんなことを考えながら再び声をかけてみたが、やっぱり誰もいないようだった。
多少の後ろめたさは残るが、お宝の写真を撮影し、クルマを置いた坂道まで戻る。
資生堂石鹸の看板はこれまで見つけたものとは違う形状だった。しかも、同じものが2枚あった。
これだけのレアモノである、ふつうならとっくの昔に剥がされていてもおかしくないはずだが、こうして残っていることに、店番もいなくても何も起こらない、住民の信頼関係の根幹にある“大らかさ”がこの集落にある気がした。
大阪の探険を切り上げ、阪神高速から中国道に乗り、兵庫県三木市へ移動する。
なんとも忙しい行程だが、今日の宿は姫路なので、日が暮れるまでが勝負なのだ。
農機具小屋に貼られた「ナイチンゲール嬢」にはどきっとするインパクトがあった。錠剤の“錠”を“嬢”に置き換えたネーミングがシャレ心があって粋である。
また、イラストに描かれた本を読む女性が、いかにも昭和時代を反映した控えめで落ち着いた感じに見える。
もはや遠い時間の彼方に消えてしまったかに思える、女性がつつましかった古きよき時代の片鱗は、たとえイラストでも、看板の中に残像として記録されている。
そんな意味では、琺瑯看板の存在は当時の社会風俗を知るうえで貴重な生き証人となりえるのではないかと思う。
奈良から大阪、そして兵庫に流れ着いた初日の探険もいよいよ終盤である。
稲美町に入ったところで、名も知らぬ神社の前で会社の同僚に電話をした。単身で来ている彼の家が、稲美町にあることを思い出したのだ。

探検レポート273

「大きなため池あるやろ」 神社の前にいるというと、彼は即座にそう答えた。確かにため池が目の前にあった。
更に彼は、「うちとこ、そこから500メートルくらい行ったところや」と言う。
私はちょっとからかってみたくなって、「…だったら、今から奥さんに挨拶してくるわ」 あわてた彼は、「おいおい、やめてくれぇな」(笑)。
…がさつなひとり旅も、携帯電話ひとつで気持ちがほがらかになる。
すっかり暗くなって渋滞が続く姫路バイパスを、電話の向こうであわてた同僚の顔を思い出して、ニヤニヤしながらハンドルを握った(いや~、悪趣味、悪趣味)。(つづく)
(2013.1.13記)
※画像上/兵庫県三木地方の田園風景。稲穂が黄金色に輝いていた。
※画像中/奈良県高取町の旧道。以前はこの通りにもホーロー看板の姿があったが、今ではすべて消失して見る影もない。
※画像中/蔵がある脇道で見つけた看板。天理市。
※画像下/天理市の集落で見つけた鍾馗さん。
※宿泊/フローラルイン姫路(兵庫県姫路市)素泊まり朝食サービス3800円。激安ながらコストパフォーマンスもいい。☆☆☆☆★



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Profile

つちのこプロフィール
つちのこ
岐阜県在住。
歩き旅とB級グルメの食べ歩きが好きな定年オヤジです。 晴耕雨読ならぬ“晴読雨読”生活に突入し、のんびりとした日々を送っています。
2020年には、少年のころからの夢だった、北海道から鹿児島まで日本列島を徒歩で縦断。
旅の様子はブログ『つちのこ更新日記』で発信中です。


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