琺瑯看板探検隊が行く

看板屋敷 富山県編

NO.1

屋敷富山1


レポート61
▼2005.10.1撮影
▼リッカーミシン・福正宗・立山アルミ・YKKカラーサッシ
▼民家の倉庫だろうか。漁の道具でも入っているのかもしれない。風格がある看板屋敷である。リッカーミシンの赤地がよく目立っている。すぐ後ろが海というのも素晴らしいロケーション。

NO.2

屋敷富山1


レポート62
▼2005.10.10撮影
▼テイカ目薬・グロンビター・タンチオン・立山アルミ・YKKカラーサツシ・三協アルミ
▼薬の富山県らしく、くすり系の看板を中心に、三面に6種類が貼られている。かなりパフォーマンス性が高い看板屋敷だろう。なかでも「テイカ目薬」は「東芝リンクストア」を連想させるくらいの大看板である。

NO.3

屋敷富山3


レポート145
▼2007.12.16撮影
▼金鳥・キンチョール・白光綿×2枚・ナショナル電球
▼4種類5枚が貼られた看板屋敷というか納屋。富山地方鉄道立山線沿いにあった。
「白光綿」は今のところ富山県でしか確認していない綿看板。昭和37年創業の大阪市の白光綿業㈱との関連は不明。

NO.4

屋敷富山4


レポート145
▼2007.12.16撮影
▼白光綿・コマ印地下たび(横)・コマ印地下たび(縦)・トーヨー運動靴・テイビタン
▼ごくふつうの民家に、5種類6枚の看板が貼られていた。珍しいのは「テイビタン」。さすがに薬王国の富山である。「テイビタン」はネットで検索してもヒットしない。すでに廃業したメーカーのクスリなのだろうか。
※2009年秋、外壁のリフォームにより、全ての看板が撤去されているのを確認。

NO.5

屋敷富山5


レポート61
▼2005.10.1撮影
▼金鳥・キンチョール・東芝ランプ・オリエンタルカレー・郵便看板・YKK
▼外壁の羽目板代わりに雑多な看板が貼られている。

次点NO.1

屋敷富山次点1


レポート145
▼2007.12.16撮影
▼ジューキミシン・サクラ日本学生服・まるまん学生服
▼JR北陸線沿いの屋敷。外壁に隠れている部分に看板が残っているような気がします。あと1枚あったら看板屋敷と認定するのに残念。

次点NO.2

屋敷富山次点2


レポート175
▼2008.9.28撮影
▼ジューキミシン・マンテン学生服・サクラ日本学生服シャツ
▼JR城端線沿いの看板屋敷。残念ながら3枚しかないが、存在感がある屋敷である。「マンテン学生服」の完全体は初見です。「マンテン学生服」には2タイプあるが、これは左に商標が入っているタイプ。
※2012年6月、建物の板壁部分がトタンで覆われているを確認。

次点NO.3

屋敷富山次点3


レポート224
▼2010.5.5撮影
▼ジューキミシン・富士ヨット学生服
▼JR北陸本線沿いで見つけたプチ看板屋敷。組み看板が欠落していない、すっきりとした屋敷です。

次点NO.4

屋敷富山次点4


レポート270
▼2012.8.19撮影
▼金鳥・キンチョール・太陽桜学生服
▼JR高山本線沿いにある屋敷。残念ながら3枚しか貼られていませんが、看板屋敷としての風格充分です。太陽桜の「桜」は新字体です。

次点NO.5

屋敷富山次点5


レポート270
▼2012.8.19撮影
▼金鳥・キンチョール・太陽櫻学生服
▼JR高山本線千里駅前にある屋敷。太陽櫻学生服は「櫻」が旧字のタイプ、金鳥は煙なしの後期タイプです。

次点NO.6

屋敷富山次点6


レポート610
▼2005.10.1撮影
▼日本一のおたふくわた・編機はアルス
▼九州のおたふくわたが貼られている。北陸本線沿いにはふつうに見られるが、これが北限だろうか。線路際に建つ屋敷だけに、電車の恐怖におののきながら撮影。
※2008年9月、「おたふくわた」消失確認。

Profile

つちのこ プロフィール
つちのこ
岐阜県在住。
歩き旅とB級グルメの食べ歩きが好きな定年オヤジです。 晴耕雨読ならぬ“晴読雨読”生活に突入し、のんびりとした日々を送っています。
2020年には、少年のころからの夢だった、北海道から鹿児島まで日本列島を徒歩で縦断。
旅の様子はブログ『つちのこ更新日記』で発信中です。


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