琺瑯看板考現学
ホーローの王様・金鳥看板
今、国内で一番たくさん残っているのが、「金鳥」と「キンチョール」の看板だろう。
特徴的な菱形看板は忘れようとしても忘れられない。誰もがホーロー看板といえば、この組み合わせを思い出すに違いない。
さて、それほど有名な金鳥看板は、昭和30年代後半から60年代初頭にかけて実に30年近くも全国津々浦々に貼られ続けた。国内で8000組、香港でも200組が貼られたという。
その貼り方は金鳥とキンチョールの2枚組みを基本に、4枚組みや6枚組みなど、「これでもか!」としつこく貼られているのが特徴。
当時の看板貼りにかける社員や業者の根性に驚かずにはいられない。 ここではホーローの王様ともいえる金鳥看板の考察と合わせ、これまでに探険隊が発見し記録し続けてきた金鳥看板を掲載していきたいと思う。
蚊取り線香の歴史と大日本除虫菊
金鳥の看板を調べていく上で抑えておきたいのは、蚊取り線香の歴史である。
Wikipediaによると、主にカ(蚊)を駆除する目的で、線香に除虫菊の有効成分(ピレトリン)や、類似のピレスロイド系成分を練り込んだ、燻煙式殺虫剤。古くは蚊遣火(かやりび)とも……とある。
蚊取り線香の歴史は古く、1885年(明治18年)、除虫菊がアメリカから輸入され、和歌山県で栽培されたことから始まる。当初は棒状のもので燃焼時間も短かったが、上山英一郎(大日本除虫菊の創始者)の妻ゆきの発案で、現在の渦巻き状になったといわれている。これによって燃焼時間も6~7時間に伸びた。
除虫菊の栽培に適している気候の土地・和歌山県有田市付近には香取せんこうのメーカーが多くあり、「金鳥」の大日本除虫菊、「キング香」のキング化学、「ライオンかとり」のライオンケミカル、「月虎かとり」の内外除虫菊など、琺瑯看板でおなじみのメーカーが集中している。
中でも蚊取り線香の「金鳥」、殺虫剤の「キンチョール」を製造する大日本除虫菊は、創業1885年、企業スローガンは「昔も今も品質一番」というこのカテゴリーのトップ企業である。
同社の歴史をみると、蚊取り線香「金鳥香」の発売は1890年、殺虫剤の「キンチョール」は1934年だった。それ以来、ホーロー看板を始め、タレントを使ったユニークなCM等の広告戦略を展開し、国内シェア一位の不動の地位を占めているのは周知のとおりである。
(写真/大日本除虫菊㈱日高工場~和歌山県印南町 2008.10.12撮影)
金鳥看板の考察~金鳥看板の種類
登録商標名の「金鳥」とは、蚊取り線香のシンボルマークに描かれている鶏からとられている。この鶏は故事成語である「鶏口となるも牛後となるなかれ」という有名な諺から採られたものであり、業界の先駆者として品質などあらゆる面でトップに立て、という創業者の願いが込められているという(Wikipedia)。
ホーロー看板が作成された正確な年ははっきりしないが、有名な菱形看板以外にも、「金」「鳥」と単体で貼られた看板や、丸型タイプ、短冊タイプ、美空ひばりの顔がプリントされたタイプが知られている。
また、殺虫スプレーの「キンチョール」には“ハエとるならばキンチョール”というロゴが描かれたタイプ(裏面が美空ひばりバージョンになっているものもあり)と東大阪市付近に残る町名表示看板がある。(以下)。
金鳥看板の考察~金鳥のタイプ別分類
現在でもよく見かける菱形タイプの「金鳥」看板は6種類、「キンチョール」は3種類が存在すると考えられる。
大きさは畳半分くらいもあり、数あるホーロー看板の中でも大型の部類に入る。貼られたロケーションも鉄道沿い、バス路線の民家や納屋、商店など人目につくところならどこでも貼られているのが特徴である
。「金鳥」と「キンチョール」が対に貼られているケースが多い。以下、タイプ別に分類してみたい。金鳥看板は昭和30年代後半から60年にかけて貼られたという。特徴的な菱形看板は、短冊形(上記)のデザインを踏襲しているようだ。
6種類の看板を前期→中期→後期の年代別に分けると、【A】から順に【F】のタイプとなると考えられる。
前期型の【A】は煙が描かれておらず、“かとりせんこう”のロゴが入っている。全国的にも広く残っているタイプである。金鳥の文字が赤くにじんで褪色する傾向もあり、九州ではそうした例をよく見かける。
次に前期型の【B】であるが、これは“かとりせんこう”のロゴを残しつつも4本の煙が描かれていることが大きな特徴。関西地方ににわずかに残っている。
中期型の【C】と【D】と【E】はどちらも同じに見えるが、よく見ると真ん中と右の2本の煙の描かれ方に違いがある。
更に【E】になると、デザインは【D】を踏襲しているが、3本の煙のうち右の煙の長さが違っている。
【C】は滋賀県と兵庫県でしか見つけていない。極めて少ないタイプといえる。また、【D】は北陸地方に多いが、特に福井県ではこのタイプを一番多く見ることができる。
最後に後期型の【F】であるが、デザインは中期型【E】と同じで、煙の描かれ方も同じであるが、“金鳥”のロゴがホーロー加工されておらず、経年とともに褪色、剥離する
。夜間にクルマのライト等で光を反射し、遠くからの宣伝効果を狙ったとする説もあるが真偽は分からない。また、後期型の「金鳥」と対で貼られた「キンチョール」も同様な仕様になっている。
金鳥看板の考察~キンチョールのタイプ別分類
次に「キンチョール」を分類してみる。現在確認できるのは以下の4種類である。
前期型の【A】は“強力殺虫液”のロゴが入り、“キンチョール”のロゴが明朝体で“ン”の字が大きいのが特徴。また、黒一色で描かれたスプレーの噴射イメージとイラストのハエの線が細く、リアルさがある。
中期型【B】はのロゴは【A】と同じ“強力殺虫液”だが、字体が小さくなっている。また、“キンチョール”のロゴがゴシック体となり、ハエのイラストも線が太い。
後期型の【C】は、デザインを【A】と【B】をミックスしたものになっている。ロゴが“家庭用殺虫剤”に変わり、“キンチョール”のロゴは“ン”の字が小さいが、【A】の明朝体である。ハエのイラストはほぼ【B】と同じである。“キンチョール”のロゴは「金鳥」看板の後期型【F】と同じで、ホーロー加工をされておらず、経年とともに剥離していくようだ。
金鳥看板の考察~番外編
キンチョールの沖縄バージョンのは、今のところ沖縄県でのみ確認されている。ロゴは【B】に似るが、エアゾールのロゴが入っているのが最大の特徴。本土復帰前のものかどうかは不明。
また、投稿者の酔狼さんから情報を頂いた宮城県で撮影された看板を紹介したい。ネジ止めされており展示物の可能性大であるが、金鳥、キンチョールともロゴ、デザインとも違う。海外向けの看板のようだが詳細は不明。
キンチョールはエアゾールのロゴがあるのは沖縄タイプと同じだが、キンチョールのフォントが沖縄とは違い前期型に似ている。
金鳥看板の考察~金鳥とキンチョールの組み合わせ
「金鳥」を6タイプ、「キンチョール」を3タイプにそれぞれ前期、中期、後期と分けたが、組み合わせがどのように貼られたのか考察する。
下記のように、看板のタイプを前期型、中期型、後期型刻的に分けたことで、組み合わせのスタイルが見えてくる。「金鳥の」初期型【A】と後期型【F】の組み合わせはそれぞれ1パターンしかないことが分かる。
金鳥看板の考察~金鳥看板の貼りかた
看板を貼った人の意図やロケーションもあったと思うが、その貼りかたにも個性がある。
一番多いのは「金鳥」と「キンチョール」を2枚並べるオーソドックスな貼りかた。左右がどちらになるかは一定ではない。
上下、斜めに貼る場合もあるが、どちらかといえばイレギュラーな部類になる。何枚も組み合わせて幾何学的なマニアックな貼りかたもある。
更に連貼りでは最高7枚を確認しているが、このケースは1枚が剥がれて転がっていた状況をみると、8枚も貼られていたことが分かった。
また、他社の看板と貼られるケースも多く、「ライオンかとりせんこう」や「キング香」、「月虎かとりせんこう」と競合する風景に出会うこともある。
金鳥看板の考察~金鳥看板の分布
冒頭にも書いたが、「金鳥」と「キンチョール」の組み合わせは全国で8000組も貼られたという。
激減するホーロー看板の中で、現在でも比較的多く残っている看板といえそうだが、全国的な分布を考えると、ほとんど残っていない(あるいは貼られていない)エリアから、石川県の能登半島の海岸線にある集落ように、しつこいくらい目に付くエリアもある。
ここでは、これまでに発見した「金鳥看板」に絞り、AからFの分類に基づいて色分けをし地図上にプロットしたい。
都道府県によっては探検取材に行った回数も当然異なるが、何らかの傾向が検証できればこうした作業も無駄にならないと思う。
青…前期型【A】
黄…前期型【B】
緑…中期型【C】
ピンク…中期型【D】
赤…中期型【E】
オレンジ…後期型【F】
発見リスト…414箇所(調査2005.2~2024.12)
画像提供者(順不同)…いゑをさん、名無しさん、とらのしっぽさん、KANKANさん、クエストⅢさん、ウシ君さん、bookslopeさん、Nおじさん、bookslopeさん、女将さん、つちやさん、ハールさん、TFさん、さっさと成政さん、s31さん、春樹さん、あんまやさん、ウェゲナーさん、ヴィンちゃん、アラサーKENさん、なかのさん、Gさん、またはち夫妻さん、みちづれさん、ノーマッドさん、ろんださん、ジャンボフェニックスさん、まーきみさん、たかぽんさん
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