琺瑯看板考現学
インパクトあるミツカン酢看板
三本線に○といえばミツカン。誰にもなじみのマークである。
昭和30年代に入って、このマークをデザインした大型のホーロー看板が全国いたるところに貼られ始めた。
金鳥、菅公、キッコーマンと並んで、全国的にも比較的多く残っている看板である…と思っていたが、調べてみると、実際には関東エリアでは見ることができないことも分かってきた。
250年にわたり、お酢の王者として全国を席巻した中埜酢=ミツカンであるが、ホーロー看板を使った広告戦略は、必ずしもメジャーな主張ではなかったようだ。
ここではミツカン発祥の地、愛知県半田市を訪ねたレポートと合わせ、これまでに探険隊が発見し記録し続けてきたミツカン酢看板を掲載していきたいと思う。
ミツカンの歴史と博物館「酢の里」
▼ミツカンの歴史
酢が中国から日本に伝わったのは5世紀頃といわれている。米を使った酢は古くからあったが、ミツカンを創業した初代中野又左衛門を一躍有名にしたのが、1804年(文化元年)の米ではなく酒粕を原料にした「粕酢」の醸造の成功であった。
この粕酢は当時、江戸で人気を集めていたにぎり寿司によく合い、その香ばしい風味から爆発的にヒットした商品になっていく。以来、粕酢発祥の地である、愛知県半田市から海路経由で江戸へ次々に運ばれることになった。
半田市は知多半島の入口にある町で、“ミツカンの町”といっても過言でないほど、企業が根ざした町である。町を歩けば、どこからともなく酢の香りが漂ってくる。
酢ばかりでなく、醤油や味噌、酒の醸造も盛んで、運河に沿って黒板壁の風格のある建物が並んでいる様は素晴らしい。 ミツカンの工場群は半田を代表する風景を作っている。景観を重視して電線が地下に埋められている風景を見ると、江戸時代にタイムスリップしたような錯覚を覚える。
博物館「酢の里」は日本唯一のお酢の博物館で、当時の建物そのまま使って、蔵人たちが作り上げてきたお酢づくりの精神と技術、健康に役立つお酢の情報を紹介するコミュニティである。
▼【博物館酢の里レポート】(2009.3.28訪問)
「酢の里」の前に立つと、運河をぐるりと取り巻く巨大な黒壁の倉庫群にまず圧倒された。生暖かい風に乗って、つーんと漂ってくる酢の香りが、否応なし鼻孔をくすぐる。この香りは200年もの間、半田の象徴とありえたのだ。
1804年(文化元年)にミツカンを創業した初代中野又左衛門が、まさにここから酢の醸造をスタートさせたわけだ。
博物館の見学は完全予約制で、あらかじめネットで申し込んでいた。そのおかげもあって、当日限定の列に並ぶこともなく、すんなりと案内されて資料館の見学開始。まずは、映像ホールでミツカンの歴史や酢の作り方、効用などをレクチャーされ、蔵の中に入った。
最近、自分でも“蔵オタク”と宣言していいほど(笑)、酒蔵や醤油蔵の見学が好きになってきた。近代化された工場には興味はないが、古来から続く空気を嗅ぐことが出来る蔵は、“鼻孔”はもちろん“思考”をもくすぐるのである。
蔵の歴史を物語る黒光りした太い柱や梁を見ていると、それだけで、悠久の歴史を思いめぐらす。きっと、江戸時代の職人たちも毎日のようにこの柱を触れながら、酢づくりに精を出していたのだろう…あたり前のことだが、こんな風に考えるだけでも蔵に来た価値はある。
資料館では案内係のおねえさんにレクチャーされながら金魚のフンになってついていく。ミツカンの商標の由来や、酢作りの説明を聞き、展示されている道具や江戸時代のにぎり寿司の屋台…という順序で進む。
最後に、「醗酵室」という実際に稼動している工場内の施設を見ることができた。 ホーロー看板の展示もあったが、撮影禁止となっていたため諦めた。
「ミツカン酢のホーロー看板はいつ頃から貼られ始めたのか」という、ヘンな質問をぜひともしたかったのだが、カワイイ案内係を見ていたら、あまりにも場違いの感があり、とても口に出すことができなかった(笑)。
(写真/博物館「酢の里」 2008.3.28撮影)
ミツカン看板の考察
これまでに発見したミツカン酢看板は以下の6種類。サミゾチカラ著「ホーロー看板大図鑑」によると、他にも2種類が掲載されており、また、他サイトの情報では青地に白字の短冊形もあるようだ。
よく見かけるものは半畳分もある巨大な正方形のタイプである。樽をあしらったデザインに三本線と○のマーク、ミツカン酢とデザインされた味気ない看板であるが、金鳥や官公と並んで、看板屋敷の中に配置されているとそれだけでもインパクトを感じる。
商品の写真がプリントされた看板は石川県金沢市内で何枚か発見しているが、珍しいタイプである。
また、短冊タイプは酒屋や食料品店用の販売店向きのもので、酒看板と並んで貼られているケースが多い。それ以外には和歌山市内に残る住所表示看板がある。ただし、これはホーロー加工がされておらず、数枚見つけたどれもが残念ながら錆びた状態であった。
ミツカン酢看板の分布
全国的に分布するメジャーな看板かと思っていたが、意外なことにその分布はずいぶん偏っているようだ。
現在のところ、関東地方では見つけていないが、ひろかんぐ~さんより、東京都内での発見例の情報をお寄せいただいた。(未撮影)
また、私の地元である岐阜県や三重県でも発見できていない。ミツカン酢の本拠地である愛知県や近畿地方では比較的残っているようだ。
北海道のJR沿線にも多く残っており、ホーロー看板がある風景としてメジャーである。岡山県の早島周辺には集中的に貼られた傾向もみえる。
【発見リスト2005.2~2023.4】