琺瑯看板考現学
永遠の看板女王、由美かおるのアース渦巻
振り返ってみると、僕は彼女に“遭いたくて”琺瑯看板を探し始めたのかもしれない。
通学途中の、魚屋の板壁に貼られた彼女の脚線美を、ドキドキしながら横目で見ていたのは、にきびだらけの中学生のとき。
今では、 (あの角を曲がったら、ひょっとしたら…) (あの古い土蔵の裏側に、ひょっとしたら…) …なんて、いつも彼女との出遭いを求めて、田舎の道を歩く自分がいる。
彼女の名は、由美かおる。 おじさんたちを惑わす可憐な花であり、永遠に生き続ける琺瑯看板界の大スターだ。 僕よりずっと年上のお姉さんであるが、看板の中で微笑む姿はいつも19歳のままであり、“守ってあげたい”看板女王なのである。
…のっけから、ストーカーまがいの表現になってしまった(汗)。 由美かおるがプリントされた「アース渦巻」は、琺瑯看板のなかでもダントツに認知度が高い。
金鳥や大村崑のオロナミンCと並んで、ネグリジェ姿の生足を惜しげもなくさらした彼女の姿を思い浮かべる方は多いと思う。
今ではすっかり見かけなくなったが、ほんの数年前までは、ちょっとした田舎に行けば目にすることができた。古い民家の板壁やバス停、よろず屋の軒下などに燦然と光り輝く彼女を見た人もいるはずだ。
全国を放浪(琺瑯?)したこれまでの5年間で、46枚の彼女の看板を見つけているが、そのいずれもが郊外のロケーションだった。殺虫剤の広告らしく、田舎に絞って貼ったことは容易に想像がつくが、ビルの谷間に貼られるよりは、のどかな田舎の風景にあったほうが断然似合うと思っている。[2010.11加筆修正]
▼アース渦巻と由美かおる [参考:Wikipedia]
スポンサーのアース製薬株式会社は、1969年の倒産で大塚グループ傘下となったもの、1973年に「ごきぶりホイホイ」の大ヒットにより3年余りで再建に成功し、殺虫剤市場のトップメーカーに成長した。
ちなみに、「アース渦巻香」は1940年に発売された歴史があるブランドだ。 大塚グループの広告戦略として有名なのは、タレントを使った琺瑯看板である。
「オロナミンCドリンク」の大村崑、「オロナイン軟膏」の浪花千栄子、「ボンカレー」の松山容子、「ハイアース」が水原弘、そして、「アース渦巻」が由美かおるである。 琺瑯マニアの間では“大塚五人衆”と呼ばれ、その「顔モノ」看板は収集人気アイテムとなっており、最近ではネットオークションでも高値取引されている。
全国津々浦々に貼られた看板が売買の対象となり、“琺瑯狩り”と呼ばれる窃盗集団の暗躍もあって、絶滅の一途を辿っているのは周知の事実である。田舎の風景から彼らの姿が消えたのは、そんな理由にもよる。
一方で、“飾り看板”と呼ばれる二次利用もさかん。レトロ趣味を演出した居酒屋やイベントなど、最近では都市部での露出が多くなっているから、何とも皮肉だ。
由美かおるの「アース渦巻」の看板は、1970年に製造されたと考えられる。これは同年のCM出演と一致していることによる。
彼女は1950年兵庫県生まれで、西野バレエ団に入団後、歌手、女優として活躍。1986年から人気時代劇『水戸黄門』にレギュラー出演し、番組の中で披露される入浴シーンは名物となっている。