ホーローの旅
レポート111 深まる秋に、山陰ホーロー紀行3 広島編
2006.10.22
島根県浜田市~広島県北広島町~安芸高田市~三次市~庄原市
一晩中鳴り響いた神楽の音もいつの間にか消えて、しっとりとした穏やかな朝を迎えた。
最終日の今日は、島根県浜田市で折り返し、広島県を経由して帰るつもりだ。
国道9号線に沿って南下する。のぶ太郎さんの以前の調査では、浜田市内は“かなり濃い”町のようだったが、消失した看板が思った以上に多く、失意の探検となってしまった。まぁ、こんなことは充分に想定できただけに、くよくよしているわけにはいかない。
考えてみれば、2006年の今日にあって、いまだに元気に残っている看板があること自体、凄いことなのだ。
“二人三脚探検隊”は、山陰本線を見ながら更に南下を続けた。くすんだ鉛色の日本海に、へばりつくように現れる小さな寒村も見逃すことなく、お宝の姿を追っていく。
「桐山染料」や「ブラザー洗濯機」が貼られた屋敷は、山陰の寒村の風景に絶妙に溶け込み、孤高の姿で迫ってきた。
どれだけの人がこの看板屋敷に気づくだろうか。おそらく、視野の片隅にも入ることなく消えていくのだ。
浜田自動車道に乗り、千代田ICで下りる。兵庫→岡山→鳥取→島根とコマを進めてきたホーローの旅は、広島県に突入していよいよ最終コーナーに入った。
私にとっては広島県北部は初めてのエリアだが、つい2年前までは、まさかこの地を訪れることなど思ってもみなかった。
大げさにいえば、琺瑯看板の存在が私の行動を変え、人生を変えたのかもしれない。中央線の通勤電車の車窓から見つけた琺瑯看板が、私の魂を揺さぶり、そしてどこまでも続くレールに夢と憧れを運んで、気づいたときには日本中を駆け回っていた。
遊びとはいえ、人生にはいろいろあるものだ。あらめてそう思う。
向原駅で、のぶ太郎さんと別れた。今回の旅も彼におんぶにだっこだった。持つべきものはホーロー仲間、楽しい探検を味合わせてくれた友に感謝だ。
安芸高田から三次を目指す。のどかな田園風景に、芸備線の錆びたレールがゆるやかに続く。思い出したように現れる農家の納屋や板壁の大きな蔵に、私の視線は自然に吸い寄せられてしまう。
更に後方に消えていく納屋や蔵を、今度は車のサイドミラーを見ながら別の角度で看板の姿を追っていく…“看板マニア”の習性とでも言おうか、この2年で私が身につけた術である(笑)。
「そろそろ帰るわ…」庄原市内に入ったところで、カミさんに電話をした。岡山県津山市までふんばろうかと思ったが、すでに午後2時を回っていた。
庄原ICから中国道に乗った。色づきはじめた広葉樹が茂るなだらかな山が遠く近くに迫り、気づいたときにはカーステレオから流れる懐かしの曲にあわせて、口ずさんでいた。
3日間のホーロー探検が、じんわりと癒してくれたのだろうか。あれほどしつこかった左腕の神経痛のするどい痛みが、何もなかったかのように消えていた。(おわり)
(2006.11.25記)
※画像上/向原町の向原酒造㈱の蔵の前に積み上げられた一升瓶。