ホーローの旅
レポート123 菜の花の風に乗って、九州看板屋敷探検
2007.3.12
福岡県みやま市~久留米市
久留米から乗り継いだ普通電車に揺られ、南瀬高駅で下りた。
広く青い空に、眩しいほどの田園風景が眼前に広がる。 早朝自宅を出てまだお昼前だというのに、福岡県と熊本県の県境近くを歩いている自分に不思議な感動を覚えた。
線路に沿って菜の花が咲き乱れる小道を歩いていくと、目的の看板屋敷があった。昨夏のホーロー探検で、時間切れで泣く泣く諦めたいわくつきの屋敷だ。
トマトが栽培されている畑に隠れるように、6枚の看板が貼られていた。なかでも「マルナガ醤油」はおそらくここだけにしか残っていない希少品だろう。
博多から熊本までの鹿児島本線沿いはずっと以前は看板の宝庫だったというが、今では見る影もなく、ここに来る途中にあった荒木駅の屋敷でさえ、昨年と比べてもパワーが落ちているように感じた。
ホーロー看板の聖地とまでいわれた九州も、もはや風前の灯火なのだろうか。もしそうだとしたら彼らの最後の姿をこの目に焼き付けることが、私の体の奥底に眠る、ホーローの蟲を鎮めることにもなるわけだ。
今回の探検は、3つの看板屋敷を訪ねることが目的だ。最も出張ついでの道草に与えられた時間はわずか半日なので、効率よく回らなければならない。
九州の渋滞事情を考えて電車利用としたが、無人駅の待合に貼られた時刻表を横目に、さながらフーテンの寅さんのようにベンチに寝転びながら、次の電車を待つのも悪くない。
南瀬高駅から再び久留米駅に戻る。次の看板屋敷は、西鉄試験場前駅近くにある屋敷。ここには九州を代表する綿看板が貼られている。「カクイわた」「ちからわた」「おたふくわた」「だるまわた」という四大ブランドが競演しているのだ。
なかでもインド象が描かれた「ちからわた」は、前回の探検でも見つけることができなかったお宝だけに、どうしても撮りたい看板だ。
しかし、やっぱりというか、お目当てのインド象の姿はどこにもなかった。もしや欠落しているかと思い、壁際の地面も探すが、「あ~あ、ぁぁ」とため息ばかり。
前回も含めて「ちからわた」がある場所を探してきたが、いずれも空振りに終わっている。もはや九州に象はいなくなったのだろうか。それにしても残念だ。
くよくよしてばかりはいられない。16時までに博多に帰ることを考えると、いくらも時間がないのだ。
今度は試験場前駅から、西鉄電車で大善寺駅に移動する。 大善寺駅から交通量が多い国道を歩き出す。3月だというのにさすがに九州、ボカボカ陽気にコートを脱いで、汗を拭きつ歩く。出張カバンが肩に食い込んで、投げ出したいくらいだ。
「カクイわた」と「竹下耕転機」が貼られた屋敷はすぐに見つかった。ここの「カクイわた」は珍しい縦型バージョンである。「だるまわた」の絵看板も保存状態がよく残っており、インパクトがある屋敷だった。
行動半径は小さかったが、前回訪ねることができなかった福岡の看板屋敷を効率よく回ることができて、まずは満足の探検となった。
鹿児島本線、西鉄と乗り継ぎながらの電車の旅だったが、車窓からはほとんど看板の姿を見ることができなくて、九州の厳しさを実感した旅となった。
博多に戻り、闇がすっぽりと覆いはじめた中洲を歩いた。灯りに飛び込む真夏の虫のごとく、無意識のうちにふらふらと赤ちょうちんに寄せられた。
「おでんと、ビール…え~と、あとからラーメンね!」なんて、割り箸をタクトのように振る。
ぐつぐつと旨そうな湯気を立てる、大根やさつまあげから目を離さずに、屋台の粋な兄ちゃんに向かって、有無も言わせず注文する自分が可笑しかった。
(2007.4.21記)
※画像下/博多中州の屋台。やきとりやおでん、ラーメンの屋台が並ぶ。