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ホーローの旅

レポート177 和歌山へ、二度目の紀伊半島一周 後編

2008.10.12
和歌山県海南市~御坊市~日高川町~印南町~上富田町~すさみ町~古座川町~那智勝浦町


探検レポート177

街灯の明かりがようやく消えた早朝、場末のビジネスホテルを出た。
紀伊半島の海岸線をぐるりと回ることを考えると、こんな時間から行動しなければ帰宅は深夜になってしまう。
今日の探険はできるだけ道草をせず、効率よく回ることがポイントになりそうだ。
まず目指したのが海南市黒江。古くから漆器の町として知られている黒江には、重厚な商家が並ぶ表通りから一歩入ると、路地裏の中に民家が密集した町並みが残っていた。
朝のウォーキングも兼ねて、ここは徒歩探険と決める。
クルマも通れない狭い道をぶらぶら歩いていくと、どこからか漂う味噌汁の匂いとともに朝食の支度をする食器がぶつかる音が聞こえ、そこには生活感溢れる町の風景があった。
銭湯の隣にある酒屋の店先には、「キッコーマンうすくち」を始めとする3枚の看板が貼られていた。
以前、投稿者のTMさんからいただいた同じ場所で撮影した写真を見ると、他にも「ハナサキ酢」や「ココノエ酢」、「カゴメソース」が確認できた。

探検レポート177

時間の経過とともに、櫛の歯が欠けるようにお宝は消えてしまったようだ。消失した理由は分からないが、僕らが一生懸命に探しているお宝たちは、気づいたときには、(そういえばそんな看板があったなぁ…)と、わずかな人の記憶の奥底に仕舞いこまれるだけの運命になってしまったかもしれない。
海南ICから阪和自動車道に乗り、御坊に向かう。湯浅で下りて市内探険をしようか一瞬迷ったが、後のことを考えると先を急ぐしかない。
最近にわか“鉄ヲタ化”している身には、和歌山でどうしても見たい電車があった。御坊から西御坊までの日本一短い区間を走る紀州鉄道の電車、キハ603である。
期待通り、西御坊駅に停車していたキハは、朝日に輝いて“鉄の匂い”をプンプンさせていた。
昭和35年に造られた車両ということだが、まだ現役で仕事をしていることにうれしく思った。
レトロな電車も良かったが、「しらが染 元禄」の看板が掛かった薬局や、大きな杉玉が下がる造り酒屋、毅然とたたずむ醤油醸造元、御坊の町は忘れられた昭和の匂いが色濃く残る空間だった。
海岸線を更に南下し、みかん畑が続く斜面を横目で見ながら印南の町に入った。
和歌山県は国内で最初に除虫菊の栽培が始まった県だけに殺虫剤のメーカーがいくつもあるが、印南駅の近くには大日本除虫菊㈱の工場があった。

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ホーロー看板でおなじみの「金鳥」や「キンチョール」の会社である。ここから全国に拡散した看板のことを思うと、不思議な気がした。
町の中心にある信用金庫の駐車場にクルマを置き、自転車作戦に切り替える。小さな町なので、ホーロー探険といえどもほんの30分で回れる規模だった。
その割にはお宝の種類も豊富で、肥料看板を四方八方に貼った倉庫や、「NGKスパークプラグ」、「ウテナクリーム」の看板を見つけることができた。
印南町からは国道42号線をひたすら南下した。以前にも走っているので、あまり道草もせずにすさみ町を目指した。ここからが今回の探険のメインともいえるルートとなる。
整然と植林された景色を眺めながら周参見川に沿った県道を縫うように走ると、明るく開けた台地に見えてきたのが佐本集落だった。
こんな山奥に人が住む集落があること自体驚くが、これはまだほんの序の口だった。
幾分狭くなった県道をそのまま東進すると古座川町に入り、七川貯水池の橋を渡ると国道371号線に出会った。国道とは名ばかりのクルマがすれ違えないような道である。
目的地はここから更に7キロ先にある和歌山県最奥の集落、平井地区である。
ところどころ未舗装の“酷道”には鬱蒼と茂る広葉樹の森が続くばかりで、まるで異次元の空間に入り込んでしまった錯覚を覚えた。
突然現れた猿の群れが悠然とクルマの前を横切り、彼らの縄張りに紛れ込んできた僕をあざ笑っているかのようだ。
やがて森が切れ、斜面にへばりつくようにぽつりぽつりと民家が見え始めると、そこが平井地区だった。

探検レポート177

なだらかな斜面に植えられたゆずやお茶の畑に隠れるように民家が建っていた。森の中に突然現れたのどかで美しい風景は、言葉ではとても形容できないが、しいて表現するなら桃源郷とでも言っておこう。
集落の中心には「キリンビール」の看板が貼られたよろず屋があるだけで、人の姿はまったくなかった。
これまで全国を旅して山奥の集落をずいぶんと見てきたつもりだが、ここは間違いなく最上位にランクされる集落であると思う。
数年前の正月、台湾で山登りをした時に、密林の中に突然現れた高砂族の集落に驚いたことがあったが、今回の経験はそのときの印象に近い。過酷な環境での人の営みの姿は、素直な感動を呼ぶのである。
さて、“ひとりホーロー探険隊”は、紀伊半島最奥の集落に別れを告げ、那智勝浦を目指した。
すでに西日が傾き、歴史を感じる大きな黒壁に囲まれた酢の醸造元にあった看板には、夕焼けの光が淡く反射していた。 あとはひたすら走るだけである。
新宮、尾鷲、津、名古屋…岐阜の自宅までは気の遠くなるようなドライブだった。
(2008.12.1記)
※画像上/JR紀勢本線和佐駅付近で。疾走する113系電車。
※画像中/和歌山県海南市黒江。朝が始まったばかりの町並み。ゲートボールにでも急いでいるのだろうか。自転車のお年寄りが走り抜けていった。
※画像中/紀州鉄道のシンボル、西御坊駅に停車中のキハ603。
※画像下/清酒と酢の看板がなかよく貼られた民家。那智勝浦町。



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Profile

つちのこプロフィール
つちのこ
岐阜県在住。
歩き旅とB級グルメの食べ歩きが好きな定年オヤジです。 晴耕雨読ならぬ“晴読雨読”生活に突入し、のんびりとした日々を送っています。
2020年には、少年のころからの夢だった、北海道から鹿児島まで日本列島を徒歩で縦断。
旅の様子はブログ『つちのこ更新日記』で発信中です。


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