琺瑯看板探検隊が行く

ホーローの旅

レポート180 青春18きっぷで行く関西輪行探検

2008.12.20-21
京都府宇治市~奈良県奈良市~大阪府大阪市~高槻市~京都府京都市


探検レポート180

名古屋、米原、京都と乗り換え、JR宇治駅で下りた。
自宅から4時間をかけて、快速と鈍行電車を乗り継いでやってきたのだ。
今回は「青春18きっぷの旅」である。中年オヤジにとって、“青春”などと言われるとくすぐったくもあるが、折りたたみ自転車まで担いできたほど気合が入っているから、姿は“枯れすすき”でも、心は青春なのだ(笑)。
お茶で有名な町らしく、茶壷を模したポストがある駅前広場で輪行袋をのファスナーを開けた。一週間前にネットで購入したばかりの中国製自転車であるが、なんと、これが初乗りである。
分解した自転車を袋にパッキングし、電車等で移動することをサイクリング用語で輪行(りんごう)というが、昔はよくこの方法で旅をした。
当時使っていたランドナーというツーリング用の自転車は、重さも9キロ程度だったが、組立に時間がかかるのが難点だった。 今回の相棒は軽量といえども12キロを超え、さすがにずしりときた。
駅の階段の上り下りは、肩に食い込むあまりの重さに放り出したいくらいだった。 ほんの2~3分で組立を終え、ディパックを背負い、宇治の町にペダルを漕ぎ出す。
目指すは平等院の参道の町並みだ。 ギアがシマノ製の6段変速という初乗りの相棒は、チェンジも快適に作動した。

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しかし、スポーツタイプのサドルが硬く、いくらも走らないうちにお尻が痛くなってきた。(そのうち、慣れるさ…)と思いながら、お茶を売る店がずらりと並ぶ参道を走る。
狙いのホーロー看板はなかったが、平等院を外れ、縣神社から商店街をしばらく走ると、年季が入ったお茶の製造元が軒を並べ、宇治川を渡った対岸にも古い町並みが残っていたりした。
寒くなると言う予報を当て込んで、出で立ちは薄手のフリースの上にパーカーを着てきたが、すでに汗が噴き出している。その上、お尻の痛みが半端ではなく、サドルから尻を半分浮かして走っているありさまだ。
相棒を購入する前に、ネットのユーザー評価を見ていたが、「尻が痛い」という口コミが多かったのを懸念していた。
自分は大丈夫だとタカをくくっていたが、それが的中するとは思ってもみなかった。このままでは先が思いやられる。
ほとんど収穫が無いまま再び宇治駅に戻り、相棒をパッキングして奈良に向かう。「都路快速」という電車に乗り、移り変わる車窓を眺めていると、お尻の痛さから解放されたこともあり、旅の気分も少しづつ高まってきた。
JR奈良駅で相棒を組立て、再びお尻の痛さとの格闘が始まった。
ずっと以前から、奈良市内の探険をやるなら自転車だと決めていた。狭い路地に侵入し、ひっそりと息づいているお宝を探すのは、自転車の小回りと機動力が一番の方法だと思っていたのだ。

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古い町並みが残る奈良町筋や、奈良女子大や東大寺近くの路地を、暗くなるまでの3時間近くを割いただけあって、お宝を何枚か見つけることができた。
特に「仁丹歯磨」の町名表示看板は、奈良市のお宝を代表するホーロー看板ではないかと思う。
「仁丹歯磨」は京都市内にはなく、大阪市、大津市、石山町、そして奈良市と、貼られた範囲も限定されている。
昔は京阪神の主要都市のどこにでもあったという仁丹の町名表示看板だが、近年になって激減しているのが現状のようだ。ネットオークションに出てくることさえあるくらいなのだ。
さて、そんな仁丹看板であるが、お尻の痛みに耐えながら5枚の看板を見つけることができたのは幸運だったかもしれない。
初日の探険はここまでとし、すっかり暗くなった奈良駅前の広場で相棒をパッキングし、難波行きの普通電車に乗り込み大阪に向かった。
ホテルは新今宮駅近くにある1泊2300円の激安宿である。素泊まりで1000円程度がふつうのあいりん地区では高級なランクとなる。
今年二回目の投宿だが、テレビや冷蔵庫もあるし、ツーリストにとっても、コストパフォーマンスが素晴らしい宿だと思う。
通天閣が間近に見える飲み屋街に足を向けると、NPOの労働者支援団体が運営している教会の前では、ちょうど炊き出しの時間にあたっていたのか、仕事にあぶれた人たちの行列ができていた。
手押し台車に布団や生活道具一式を載せてとぼとぼと歩いている人や、寒そうに背中を丸め、袋に入った一個のパンを貰う人々の群れの横をすり抜けていく。
これから新世界名物の串カツで一杯やろうという自分にも、一寸先は闇という不条理の世の中がぐっと迫っていくるのを感じずにはいられなかった。

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▼12月21日
夜が明けたばかりのホテルを出て歩き出す。
散乱するゴミを突っつくカラスを見ながら小さな十字路に出ると、日雇い労働者を乗せていくマイクロバスが何台も止まっていた。
「おっさん、乗るんか?」
リュックを背負ったうらぶれた私の恰好を見て、いかにも大阪の兄ちゃんという青年が声をかけてくる。手を振りながらかわしつつ、南海本線の線路に沿って歩く。
路上で一夜を明かしたのだろうか、一斗缶でゴミを燃やして暖をとっている人や、朝から酒をあおっている人、歩道にゴザを敷いてビデオテープや古着を並べるのに忙しい人たちの中をずんずん歩く。
周りの環境に完全に同化している私に、誰も声をかけないし、誰もが無関心である。
天下茶屋駅の近くで、今日の最初の一枚を切り撮った。「マルキン味」の大型看板である。
1962年に発売された調味料だが、大阪の下町らしく、こうした看板がいまだにしつこく残っていることに驚く。
往復40分の朝の散歩だったが、昨日からのお尻の痛みを考えると、少しでも患部を温存しておきたい(笑)。今日はこれからが本番なのである。
大阪駅から東海道本線に乗り継ぎ、摂津富田駅で途中下車し、看板屋敷を撮影した後、いよいよ京都に入った。
クリスマス前の日曜日とあって京都駅前は人の波でごった返していた。 天気予報は午後からの悪化を告げていたが、薄日も差しているし、今のところ雨の心配はなさそうだ。
いずれにしても午前中が勝負になるだろう。 相棒を組立て、まずは京都御所方面に向かう。
京都市内はこれまでも幾度か自転車探険をしているが、今回は仁丹の町名表示看板を探すのが目的である。そのついでにレアなお宝が見つかれば申し分ない。

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コースは考えてなかったが、気の向くまま御所から同志社大学前を通り、下鴨神社を経由して銀閣寺から南禅寺、更に祇園を通って京都駅までを走った。
ちょうどこの日は全国高校駅伝が行われており、交通規制が敷かれる中、それを避けるようにのんびりと走った。
お尻の痛みはどうしようもなく、偶然見つけた自転車屋でサドルを交換し事なきを得た。
ツートンカラーのカッコいいスポーツタイプのサドルが、オバサンが乗るような黄土色の野暮ったいものに変わってしまったが、下半身の痛みから逃れることができただけでもうれしかった。
天気予報が当たったのか、昼前からしっかりと雨が降り出し、最後はパーカーのフードを被りながらずぶ濡れになって京都駅に戻った。
身体が芯まで冷えて、凍えそうだった。
今年50才になった“紳士”には、まるで敗残兵のような濡れねずみは似合わないが、気持ちはいつも青春である(笑)。
変わらぬ好奇心と、荒野を目指す青年の心をずっと持っていたいのだ。
青春18きっぷ、自転車、1泊2300円の激安宿といった貧乏旅であったが、振り返ってみれば、2008年の探険を締めくくるにふさわしい、納得の旅に仕上がったようだ。
(2009.1.5記)
※画像上/東大寺の大仏。30数年ぶりに拝観した。その巨大さに驚く。韓国、中国の観光客が多かった。
※画像中/探険の相棒となった折りたたみ自転車。「ドッペルギャンガー202」 重量12.3キロ。中国生まれの相棒は、お尻に優しくなかった。この後、おばさんタイプのサドルに換えることになった。
※画像中/奈良県特有の仁丹看板が残る奈良町を走る。
※画像中/ネオンギラギラの新世界を歩く。
※画像下/大阪新世界の串カツ。通天閣から天王寺駅までの通りには串カツやお好み焼、回転すしの店が所狭しと並ぶ。串カツは一本100円位からある。人気の店には長い行列が出来ていた。
※宿泊/「来山ホテル北館」 大阪市西成区JR新今宮駅近く。 ☆☆☆☆★ 素泊まり2300円。バス・トイレは共同だが、この価格でこのパフォーマンスだったら文句なし。



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Profile

つちのこプロフィール
つちのこ
岐阜県在住。
歩き旅とB級グルメの食べ歩きが好きな定年オヤジです。 晴耕雨読ならぬ“晴読雨読”生活に突入し、のんびりとした日々を送っています。
2020年には、少年のころからの夢だった、北海道から鹿児島まで日本列島を徒歩で縦断。
旅の様子はブログ『つちのこ更新日記』で発信中です。


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