琺瑯看板探検隊が行く

ホーローの旅

レポート195 新緑の只見へ、GW放浪旅5 長野~木曽路編

2009.5.6
長野県千曲市~塩尻市~木曽町~上松町~岐阜県中津川市~恵那市~瑞浪市


探検レポート195

雨になった。 どんよりと流れる雲の厚みから、気が滅入るような強い雨粒が落ちてくる。
こんな日は何もしないに限る…といきたいところだが、ホーロー探検最終日である。少しばかし気合を入れて出発する。
最初に目指したのは千曲市郊外の酒蔵、ウバステ正宗という清酒を造っている長野銘醸。
古い町並みが続く坂城町を通り抜け、戸倉上山田温泉から緩やかな山の斜面を登ったところに目的の酒蔵があった。
あいにく休日とあって蔵の門は閉ざされていたが、黄土色の土塀に囲まれた江戸時代から続く蔵は、しっとりとした雨に変わった風景の中に、やさしくなじんでいた。
今回の旅ではホーロー探検と同じくらいの比重を置いて、このところのテーマのひとつである酒蔵探訪を行ってきた。
観光地の古い町並みの中に“核のように”居座っている酒蔵よりも、こうして田舎の風景に溶け込んでいる蔵のほうが遥かに趣を感じるし、何より、そこに流れる素朴ながらもぴんと張り詰めた空気が素肌に心地よい。蔵に来てよかったと感じるゆえんだ。
酒蔵から千曲市内に向かってのんびりと坂道を下っていくと、「貯金は農協」という黄色い看板が目に留った。

探検レポート195

よく見かける標語だが、字体からしてずいぶん古そうだ。また、向かいの商店には、森永キャラメルのパッケージがデザインされた看板が貼られたベンチが無造作に置かれていた。
こうしたお宝に出会えただけでもここにきた甲斐があるというものだ。
千曲市内でウロウロしているうちに、雨脚が強くなった。傘を差しての撮影は面倒なので、帽子を目深にかぶり濡れるのもいとわずシャッターを切る。
レンズについた水滴をふき取りながらの撮影は、益々、憂鬱さを助長する。
しばらく考えた末に、思い切って千曲市から松本市までの行程をカットし、塩尻からの木曽路の探検にシフトすることにした。
更埴インターから長野自動車道に乗り、塩尻インターで下りると雨は更に強くなっていた。民家の屋根のトイから雨水が溢れ出して、勢いよく地面を叩いている。白く線を落とす雨粒が見えるようだ。
塩尻からは酒蔵を訪ねながらの木曽路の旅である。過去に何度も辿った道だが、雨に煙る山里を訪ねていくのもなかなかオツである…と思いたいが、カメラに収めたい風景を見つけても、クルマから出られないほどの降りでは、そんな情緒とはまったくかけ離れている。
中山道が通る木祖村の小さな集落でレアなくすりの看板を見つけたときも、ずぶ濡れになってカメラを向けた。

探検レポート195

僕が撮影しているその脇を、大きなザックを背負った短パン姿の外人さんが、傘も差さず伏目がちに黙々と歩いていった。
振り返ってみれば、只見を目指すホーローの旅に出たのはつい四日前なのに、ずいぶんと昔のように思えてしまう。
沼沢湖のキャンプ場で缶ビールを片手に暮れ行く湖面を眺めていたことすら、ぼんやりとしか思い出せない。
時の流れを速く感じるのは、それだけ年を取ったからだろうか。 「感動」という言葉も忘れるほど忙しく過ぎていく日々の暮らしのなかでは、喜怒哀楽の表情さえ乏しくなっている。
滅多なことでは驚かなくなっている自分が、路傍に佇む道祖神を見てぐっとくるのは、やはり年を取ったからだろうか。
ホーロー看板を探す放浪旅では、最近富みに独り言や自問自答が多くなったと思う。
こうして、2009年春の放浪旅は終わった。
走行距離が1800キロを指すまで、朝から降り続いた“憎っ気雨”は、一向に降り止む気配を見せぬまま、呆れ顔の僕をあざ笑うかのように、これでもか!と、フロントガラスを激しく叩いていた。(おわり)
(2009.8.15記)
※画像上/雨に煙る奈良井宿を歩く。
※画像中/長野県坂城町の町並み。江戸時代には江戸と北陸を結ぶ北国街道の坂木宿が置かれ栄えていた。今も当時の面影が残っている。
※画像下/長野県塩尻市の(資)丸永酒造場。清酒「高波」を造っている。田んぼの中にぽつんと建つ蔵は存在感がある。



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Profile

つちのこプロフィール
つちのこ
岐阜県在住。
歩き旅とB級グルメの食べ歩きが好きな定年オヤジです。 晴耕雨読ならぬ“晴読雨読”生活に突入し、のんびりとした日々を送っています。
2020年には、少年のころからの夢だった、北海道から鹿児島まで日本列島を徒歩で縦断。
旅の様子はブログ『つちのこ更新日記』で発信中です。


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