ホーローの旅
レポート208 夏の終わりに、滋賀県南部を行く
2009.9.6
滋賀県日野町~甲賀市
四国から九州、そして中国地方を横断する長期探検の無理が祟ったのか、8月も後半になって、体調を崩した。
左足の膝裏にうずら卵ぐらいのデキモノができ、それが静脈を圧迫し、夕方になると足首から先が浮腫むようになってしまった。
整形外科で診て貰ったところ、正体は「ガングリオン」という良性の腫瘍であった。
とりあえず、中に溜まった水を抜いて応急処置をしたが、一週間経っても、依然として膝には違和感が残ったままである。
もうひとつは、昨年暮れから飲み始めた降圧剤による変調。初夏の頃から歯ぐきが腫れたり、出血するという副作用が頻繁に出始めた。
順調に血圧のコントロールができていたのに、クスリを変えざるを得ない状況になった。
まだまだ残した宿題もたくさんあり、行きたいところは山ほどあるのに、「ガングリオン」と「高血圧」という、ちょっとした爆弾を抱えて、しばらくは悶々とした日々を過ごすことになった。
しかし、週末を自宅にこもっていることによるストレスがジワジワと出てきた。こうなると、返って血圧も上がってしまう。
これが逆効果なのは、なんとなく自分の体が信号を発しているように思えてならなかった。
もう、我慢ができない…思い立ったら、行動を起こすしかない。逸る心を胸に、滋賀県の探検にぶらりと出ることにした。
血圧の変動による多少のふらつき感はあったが、SAで休憩を取りつつ、日野町までは自宅から2時間のドライブで到着した。
まずは投稿者のKiteさんに教えていただいた、「K式パール手編機」の看板が貼られた物件を目指す。 看板はすぐに見つかった。
県道から脇道に逸れた小さな集落を歩いていくと、看板が貼られた建物の前がちょうど日陰となっており、子供たちが座り込んで遊んでいた。
リーダー格の少年に目配せして、看板を撮った。太陽は頭上にあり、じっとしていても汗が滴ってくる日だった。
平成の合併で今は甲賀市となっが、日野町からは土山町、甲賀町、甲南町、水口町と訪ねた。
「総合かぜ薬エスパイン」の大きな看板が貼られた酒蔵(中村酒造)は、ひょっとして休造、廃業しているのか、入口には杉玉も下がっておらず、酒蔵特有の匂いも、緊張感も感じない。
人の気配もない蔵の壁に、外されて立てかけられた「清酒正重」の看板が寂しげだった。
この日は、ホーロー看板の収穫は少なかったが、懸案だった5軒の酒蔵を回ることができた。
更に、“鍾馗さん”も見つけた。前述したKiieさんの情報で、滋賀県南部には“鍾馗さん”が多く残っていることを知った。
家の守り神として屋根にちょこんと乗っている“鍾馗さんには、その姿かたち、顔も千差万別である。
東海、近畿地方を中心に何千体と発見されているようだが、“追っかけ”の対象としては、マニアにとって充分に魅力的なターゲットだということが想像できる。
さて、その“鍾馗さん”、屋根の上となると、看板を探す目線とはまったく違うので、視野を更に拡大しなければならず、これは思った以上に大変な作業だ。
首が痛くなるし、強い太陽光で目もしょぼしょぼしてくる。 初めて見つけた鍾馗像は、それこそ「やった~」という単純な喜びだった。
思えば、ホーロー看板にしかり、この喜びを得るために、ずっと続けてきているのだ。
夏は終わるというのに、残暑が厳しい暑い日だったが、体調とにらめっこの滋賀県の旅は、出かけて良かったと、心底思える一日だった。
(2009.12.27記)
※画像上/滋賀県甲賀市土山町の田園風景。鈴鹿山脈を背景に、風に揺れる稲。収穫の時期はもうすぐだ。
※画像中/初めて見つけた“鍾馗さん”。屋根の上にちょこんと立っていた。滋賀県甲賀市甲南町。
※画像下/「清酒正重」を造っていた滋賀県甲賀市甲南町の中村酒造㈱。問い合わせたところ、数年前に廃業していることが分かった。滋賀県でも最近では廃業する蔵が増えてきた。