ホーローの旅
レポート216 ぐるっと浜名湖、真冬のホーロー探検
2010.2.7
静岡県掛川市~浜松市
真冬の空気に煌く、浜名湖が見たくなった。
そう思うと、いてもたってもいられなくなり、早朝の東名高速を東に向かった。
ホーロー探検には申し分のない快晴である。当初は、浜名湖に近い三ヶ日インターで下りるつもりだったが、サービスエリアで地図をチェックしていたら、江戸時代に城下町として栄えた大須賀の町が見たくなり、そのまま掛川インターまで行くことに決めた。
どうやら今日の探検は、行き当たりばったりになりそうだ。
掛川インターを下り、県道38号に入る。ちらほらと出てくる古い家屋をチェックしながら南に向かうが、お宝は見つからない。
静岡県は全国的に見てもホーロー看板不毛地帯のひとつであるが、今日はこのまま終わってしまうのだろうか。ちょっぴり不安がよぎる。
県道69号線を西に折れると、大須賀の町に出た。平成の大合併で今は掛川市に併合されたが、以前は大須賀町と呼ばれていた。
中心部には横須賀宿が残り、城跡を境に古い町並みが東西に伸びている。 枯れた蔦が絡まった木造の倉庫で、「マルカメ酢」の看板を見つけた。
風に乗ってツンと鼻につく甘酸っぱい匂いが流れてくる。酢の醸造元のようだ。
味噌や醤油、酒等の醸造系の看板に興味がある自分にとっては、幸先が良いスタートである。
横須賀宿から磐田市を抜け、浜松市の中心部を北上する。浜松市の面積は高山市についで全国で二番目に広い。
2005年の市町村合併で、ホーロー探険隊にとってもなじみの浜北市や三ヶ日町、細江町、水窪町、春野町、天竜市などが編入された。
簡単に言うと、今では静岡県の西のエリアのほとんどが浜松なのだ。
さて、その広い浜松市だが、私が勤務する会社の浜松支店の近くに看板商店(クスリ屋)があることを知っていたので、逸る気を抑えながらまっすぐに向かうが、ラッキーなことにその途中で、数枚の看板を貼った酒屋を見つけた。
実はこの酒屋、2006年の探検の折、探し回ってもどうしても見つけられなかった物件だった。それがあっけなく向こうから飛び込んできた。
クルマを止め、店の中を覗くが、店主のおじいさんは頬杖をついて居眠りの真っ最中。コンコンと軽くガラス戸を叩くと、寝起きの眼差しで気づいてくれた。
いつものように看板を撮りたいと申し出ると、80歳を超えているだろうか、深くシワが刻まれた柔和な表情のおじいさんは、言葉もなくうなずいてくれた。
看板に反射した太陽光が強く、露出オーバー気味の撮影になったが、味噌や醤油、地酒の看板を撮り、忘れかけていた積年の宿題を、ようやくやり遂げたような気がした。
更に、この日一番のポイントといってもいい、たくさんのレアな看板を貼ったクスリ屋である。
この物件は、以前出張した折に見つけているものの、その時はデジカメを持っておらず、それ以来ずっと気になっていた。
見るからに年季が入った木造の洋風の建物には、「虫くだしアスキス」や「血液の栄養剤ナガ」が貼られていた。
帰宅してから調べてみると、どちらも昭和26年(1951年)創業のナガ製薬の製品で、その2年後には倒産という憂き目に遭った過去をもっていることが分かった。
食糧事情が悪い当時は、虫くだしは当たり前のクスリで、全国的によく売れていたようだが、衛生状態が改善されるにつれ、売れなくなっていったようだ。
そういえば、時代は少し上がるが、僕が小学生だった昭和40年代でも、学校の給食が終わると、廊下にある手洗い場で、皆が並んで虫くだしを飲んだことを覚えている。
更に強烈だったのは、翌日の学校では、何センチの回虫が出てきたとかいうおぞましい話題も飛び交っていた。
「虫くだしアスキス」や「血液の栄養剤ナガ」は、推測すると昭和20年代後半に製作された看板という結論が成り立つが、今となっては、看板が貼られた当時の様子を店主に聞いておけばよかったと後悔している。
この日の探検は、浜松市内から旧浜北市、細江町と回り、旧雄踏町でゴールインしたが、快晴の空を反射して煌く、浜名湖の湖面をずっと見ながらのドライブができた。
青い空と碧い湖面は“人に優しい”というか、“癒し”の要素がたっぷり含まれているようで、このところ仕事が忙しく、ストレスが溜まり始めていた身には一服の清涼剤のような探検となった。
ネットの情報で得ていた「プリドミン」と「ツーシン」というクスリの看板もゲットできたが、その後の調査で、看板の商標に描かれた“トラマルタ”は、富山系列の田村薬品工業㈱のブランドということも分かった。
家庭用の薬箱にははっきりと商標が描かれており、「プリドミン」は昭和29年(1954年)、「ツーシン」は昭和13年(1934年)の発売だということも判明した。
昭和20年代には私はまだ生まれていなかったが、悠久の時を超えて、こうした看板を目の当たりにすると、改めてホーロー探検の楽しさを再認識するのであった。
(2010.3.1記)
※画像上/浜名湖。旧細江町伊目あたりから望む。湖面の蒼が目に鮮やかだった。
※画像中/横須賀宿を代表する建物、割烹旅館八百甚。
※画像下/遠州鉄道小林駅。「赤電」と呼ばれる3両編成の車両がカワイイ。2000形式の車両。全長19メートル。