ホーローの旅
レポート235 能登半島一周ホーローぶらり旅
2010.9.4-5
富山県高岡市~氷見市~石川県志賀町~輪島市~珠洲市~能登町~穴水町
秋風も吹かぬまま、能登ではすでに稲刈りが始まっていた。
梅雨明けから始まった真夏の暑さを、9月に入っても引きずっている。これだけ暑かった年は過去に記憶がない。
それを証明するかのように、志賀町で見つけた「富士ヨット学生服」の看板に手を触れると、焼けるような熱さが瞬時に伝わった。
能登半島をぐるりと一周する今回の旅は、早くも暑さとの闘いになる予感が濃厚になってしまった。琺瑯の神様は私に味方してくれるだろうか。
志賀町の内陸部を突っ切り日本海に出ると、地酒とクスリの看板が貼られた建物が迎えてくれた。
海の近くの看板は潮風にやられて腐食していることが多いが、手の届かない位置に貼られた「かぜにバルン」の小さな看板が、比較的きれいな状態で残っていることに少なからず驚いた。
目が覚めるような黄緑色に染まった棚田の景色を見ながら海岸線を離れ、再び内陸部を目指す。
「ふじまる散」と「富士電機ポンプ」が貼られた廃屋の前を通ったとき、四年前にも同じ場所に立っていたことを思い出して苦笑した。
これまでの探検で辿ったコースを、地図に記してこなかった“ズボラ”さを今更なげいても仕方ないが、こうしたことはしょっちゅうで、それゆえ“再訪再撮影”が多くなるわけだ。
今日、走ってきた中で見つけた「川村自転車」がある屋敷や、「ボンカレー」が貼られた商店は、過去に何度も通ってレンズを向けている。
さて、ひとり探検隊のクルマは炎天下の中、輪島の中心部を目指す。
この辺りでも稲刈りを始めている農家が多いようだ。幾分湿度が高く感じるのは、海が近いからだろうか。
今回の旅は輪島の海岸にある無料キャンプ場でテント泊の予定なので、陽が落ちるまでは輪島市内の酒蔵を回るつもりだ。
古い町並みが残る輪島の町は、真夏のビニールハウスの中にいるような、息苦しい暑さに閉じ込められていた。
ネコがけだるそうにふらふらと歩いていく。酒蔵に並ぶ一升瓶に入った地酒も、そのままぬる燗で飲めそうだ。
陽が沈みかけたのを見計らってキャンプ場を訪ねると、そこにはテントはおろか、人の姿もなかった。
目の前は海、松林の中のテントサイトというロケーションは申し分がないのだが、薄暗くなってからもこの暑さが続くことを思えば、今夜は眠ることを諦めなきゃならないだろう。
その上、誰もいない海岸で一人泊まることを考えると…まさか北朝鮮に拉致されるはずもないが、オヤジ狩りの標的にならないとも限らない…そんなことを考えるうちに、野宿に対する意気込みが急速にしぼんでいくのだった。
適当な理由をつけて、楽な選択をしてしまう根性が情けないが、結局は自分の軟弱ぶりに毒づきながらも、輪島駅前のビジネスホテルに投宿することになった。
翌朝、熱帯夜が明けた輪島市内を一気に抜け、日本海を左手に走った。
海に落ち込む棚田に朝の光が薄い靄をすり抜けていく景色は壮観で、ひとり旅の気分をいやでも高揚させてくれる。
曽々木の集落から国道249号線を離れ、県道6号線を南下すると、「清酒若緑」の黄色い看板が目につくようになった。
蔵元の中納酒造が近くにあることから、琺瑯看板を使った宣伝に力を入れたようだ。
珠洲の町に入り、県道12号線を能登半島先端の珠洲岬を目指して東進する。
古い町並みが残る正院界隈で見つけた「恵比寿湯」は、あとで知ったことだが、銭湯マニアの間では有名なスポットだった。
何しろ、ロケーションが能登半島の先っぽ近く。海まで100メートル。営業も週3日程度。創業は大正9年まで遡るという古さ。確かにどれをとっても話題性があるのだ。
私は銭湯マニアではないので、入浴することへの関心は二の次だが、入口に掲げられた鯛をもった恵比寿さんのタイル画を見たとき、素直に只ならぬ気配を感じた。
それを象徴するかのように、年季が入った建物の外観でひときわ目につく「くすり湯中将湯特約浴場」の看板。いわゆる鉄道系の大型タイプだ。
商標のロゴは「TSUMURA」となっており、中将姫のイラストもかわいい。
中将湯の商標の変遷を見ると、戦後から昭和37年まで使われたものだということが分かる。
あいにくの休業日で入浴はままならなかったが、能登の旅をよりディープにしてくれた内容に感謝である。
正院の町並みから珠洲岬までは、ひたすら海を見ながらのドライブとなった。
数年前に訪れたときよりも、能登鉄道の廃線跡は深い草に埋もれてしまっていたが、半島の先端近くの民家にある「清酒宗玄」の看板は健在だった。
金剛崎の海岸を過ぎ、狼煙の集落に来ても暑さは一向に和らぐことがなかった。
「あぢっち」を連発しながら、自販機の冷たいジュースばかり飲んでいった。
フィナーレが近づいた能登町から穴水町までの集落にはこれといった収穫はなかったが、酒蔵巡りが功を奏して、いくつかの蔵で地酒の看板をカメラに収めることができた。
秋の匂いを感じるどころかとにかく暑い2日間だったが、能登半島の先端に足跡を残したという事実がうれしく、壮大な棚田や風に揺れる早咲きのコスモスの風景が、いつまでも網膜に残る旅となった。
(2011.2.2記)
※画像上/輪島の伝統文化、御陣乗太鼓。輪島駅前の広場でラッキーなことに観光イベントが行われていた。かなりの迫力で一見の価値あり。
※画像中/「白米の千枚田」輪島市にある国指定の名勝地。1.8ヘクタールの棚田で、17世紀から19世紀半にかけて完成した。海に落ち込む景観は凄い!
※画像中/能登半島の先端に近い狼煙の集落で見つけた風景。刈り取られた稲が海に向かって干されていた。
※画像下/大正9年創業の恵比寿湯。石川県珠洲市。
※宿泊/輪島ステーションホテル(石川県輪島市)素泊まり5000円 ☆☆★★★ 設備も古く、目覚まし時計も壊れていた。競合がないだけ殿様商売ができている。このレベルでこの価格はひどい。