ホーローの旅
レポート264 灼熱の九州6日間の旅1 山口県編
2012.7.28
山口県下関市~山口市~岩国市~柳井市~周防大島町~防府市
飛行機で行くか、クルマで行くか、それとも夜行バスで行くか…思い悩んだ末に出した結論は、「新幹線+レンタカーで行く九州6日間の旅」である(笑)。
名古屋~博多間の新幹線早割切符は往復2万8千円。Sクラスのレンタカーが3万円、更に5泊分の安宿の料金とガソリン代、食事代…ケチりにケチった試算を繰り返して、一年間貯め込んだ缶詰貯金箱を開けた。
面倒な仕事が一段落した7月28日早朝、少し早い夏休みを確保してのホーローひとり旅が始まった。
小倉駅でレンタカーに乗り継ぎ、まずは山口県に向かっての逆戻りコースを取る。
今回の計画は山口県と九州北部を回る変則的なスケジュールを組んだ。
博多までの九州往復早割切符は、降車できるのが博多か小倉のみで、途中下車ができないという融通が利かない切符のため、レンタカーを小倉駅で借りて山口県を往復し、最終日に博多駅に返却するという苦肉の策だ。
ほんとうなら山口県で2日間を割きたいところだが、後のスケジュールを考えるとそれもままならず、初日の今日は高速道路を駆使して山口県内を回ることにする。
中国自動車道に乗って関門海峡を渡り、まず向かったのが創業140年以上という老舗の金物屋。
偶然見つけたあるブログでこの店の存在を知った。
ブログに貼られた店内の写真にはずらりと並んだカナモノ系の看板が写っていたが、果たしてこの目で見ることができるだろうか? 店は不定休ということなので、念のためにサービスエリアから確認の電話を入れてみる。
「何が要るの?」と早口で問う携帯電話に向かって、「琺瑯看板を見せてもらえますか?]と、とんちんかんな応えを返すと、一瞬の沈黙の後、「いいですよ、いらっしゃい」という返事が返ってきた。
年季が入った堂々とした構えの店は、なんの変哲もない住宅地にあった。
早速店内を覗いてみると、たたきに座ってタバコをくゆらしていた柔和な表情の店主が、僕を見るなり、「あぁ、看板の人?」と間髪要れずに招じ入れてくれた。
店主の話では、明治元年(1868年)に創業したこの店は、北に萩、南は江戸に続く街道の途中にあり、幕末維新の志士たちが店の前を足繁く通った歴史があるという。
店内の黒光りする柱や梁、上がりかまちは創業時そのままということだ。
さて、お目当てのホーロー看板であるが、隣接する倉庫にあるものを含めて全部で37枚を確認した。
これまで見たこともない初見モノは21枚。圧倒的な量と質が展開されていた。
戦前の看板やすでに廃業したメーカー、ずらりと並んだノコギリの看板、更に木製の看板も素晴らしい。看板商店としては間違いなく国宝級である。
これまでの探検で訪ねたどの看板商店をも凌駕する輝きがあった。
ホーローの旅はまだ始まったばかりだが、いきなりの先頭打者ホームランである。とにかく頬の肉が緩みっぱなしだ。単純だが、嬉しくてしょうがないのである。
(このまま帰ってもいいや…)と思いながら、再び中国自動車道に乗る。
次に目指すのは山口県の東の端にある岩国市だ。 ここでは情報を得ていた「中島正露丸」が店先に貼られた薬局を訪ねた。
あいにく声をかけても店主が姿を見せず、後味は悪いが、撮り逃げをしてしまった。
岩国といえば錦帯橋であるが、そちらの方角に足を向けることなく、ナビを柳井市にセットする。
次の目的地は柳井駅から北東にある白壁の商家が軒を連ねる町並みである。
無料駐車場からクルマを降りると、そこにはギラつく陽射しが容赦なく降り注ぐ炎天が待っていた。
後で聞いたニュースでその日の気温が37度もあったことを知ったが、このときはそれを知る由もなく、汗がとめどなく流れる状態で犬のように荒い呼吸を繰り返しながら、目的の店を目指してヨタヨタと歩いた。
「スワン万年筆」の大きな木製看板や、初見の「白菊便箋」「不易糊」の看板が貼られた文房具屋はすぐに見つかった。
看板は店内から倉庫につながる通路に貼られており、店先から見えないことがマニアの気づきから守ったようだ。
これまでまったくのノーチェックだったが、この看板の存在もブログをチェックしていて偶然知ることとなった。
撮影許可については店主の女性からいただいたが、琺瑯看板よりも木製の古い看板を撮ったら、としきりに勧められた。
さて、初日の山口県の探検も大詰めである。時間との勝負となったが、最後は周防大島で締めくくりたい。
周防大島は不世出の民俗学者、宮本常一の出身地である。私にとっては、心の師と崇める人物でもある。
宮本の行動力と好奇心、そして深い洞察力は2005年から始めた私のホーローの旅に大きな影響を与えたと思っている。
そんな島を一周した。投稿者のろんださんからいただいた情報で、地酒の看板を筆頭に醤油やオロナミンCなどバラエティに富んだ看板を撮影することができた。
最後は瀬戸内の海を赤紫色に染める夕陽を見ながらハンドルを握った。
予約した宿がある防府市に着いた頃にはすっかり暗くなっていたが、今日一日の探検は、まさに満塁ホームランを放ったような満足のいく出来栄えだった。
運転疲れも吹き飛ぶような幸先のよいスタートに、心地よく缶ビールのプルトップを引いて、ひとり祝杯を上げる。 長い一日が終わった。(つづく)
(2012.9.2記)
※画像上/周防大島から見る瀬戸内の島々。赤紫色に染める夕陽を見ながら長い一日が終わる。
※画像中/山口県柳井市の白壁の町並み。炎天下の町並み歩きをする人の姿もなく、とめどなく流れる汗をぬぐいながら歩いた。
※画像中/植木鉢のほおずきも水を欲しがっているようだった。柳井市
※画像下/周防大島の路地風景。
※宿泊/ホテルたからや(防府市) 素泊り3150円。この価格ででバス・トイレ付きなので文句はいえない。安く泊まるなら充分。☆☆☆★★