琺瑯看板探検隊が行く

ホーローの旅

レポート275 夏の終わりのハーモニー3 岡山~京都縦断編

2012.8.31
岡山県美作市~鳥取県八頭町~若桜町~兵庫県養父市~京都府与謝野町~福知山市~舞鶴市


探検レポート275

夜が明けたばかりの河川敷を、群れから離れた雁が飛んでいく。
夏の終わりのひとり旅も今日が最終日。津山から鳥取、更に兵庫県養父市から京都府の丹後半島まで、県境に連なる山を何度も越えながら横断していく…。
前夜のホテルで、ビールを飲みながらあれこれ考えたルートである。我ながら面白いラインが引けたかと悦に入ってもみたが、こればかりは走ってみなければ分からない。
情報を得ている物件以外に新規のお宝を見つけ出すことができるかどうかは、神のみぞ知るところだ。
まず向かったのが英田町(現・美作市)。
朝もやがすっかり晴れた田んぼに、背中を向けた案山子が一人ぽつんと佇んでいた。
案山子を囲むようにスズメ除けの銀や赤のテープがキラキラと朝日に反射している様は、これぞ日本の原風景といったところ。
刈り入れを待つばかりの、黄金色に染まるその素朴な景色に思わず見とれてカメラのシャッターを切っていたら、いつのまにか傍らに案山子とそっくりな爺さんが立って、不思議そうな目で僕を眺めていた。

探検レポート275

岡山県は山あり海あり、思わぬところに隠れ里のような小さな集落もあって、旅人にとっては魅力的な土地である。
おそらくホーロー看板の生息度についても、国内でも指折りの多産県だと思う。 いつも何かしらの新規発見があるし、消失の度合いも他県と比べて少ない気がする。
それだけ都市化が進んでいないことの裏返しともいえそうだが、山間の小さな集落にあるお宝にまで、マニアや琺瑯狩りの触手が伸びていないことも一因かもしれない。
そんなことを考えながら、丸米自転車やメヤム自転車の組み看板が無造作に貼られた自転車屋の前に立った。
この店の若奥さん(?)だろうか、子供の手を引いて幼稚園の送迎バスを待っている女性に、看板を撮らせて欲しいと声をかけると、
「うちは古いでしょ、この前も男の人が来て、撮らせてくれと言うんですよ」。
聞けば、これまでに何人もの私みたいな男が写真を撮っていったそうだ。
「まぁ、女性からすればよく分からない趣味でしょうが、別にへんなことでもないですからねぇ」と返しながら、気持ちよく写真を撮らせてもらった。
県境を越えて鳥取県八頭町に入り、若桜鉄道というローカル線に沿って走っていく。
途中、「男はつらいよ」のロケが行われたひなびた駅舎がある安部駅に立ち寄ったり、ゆったりと流れる八東川を渡り、「富士ヨット学生服」と「金鶴わた」が貼られた屋敷をカメラに収めたり、のんびりとホーロー探検を楽しんでいくうちに、終着駅がある若桜町に着いた。
情報によれば、この町には太田酒造場という酒蔵があり、「辨天娘」という地酒看板があるということだった。

探検レポート275

店の入口の柱に貼られた看板は通りからもすぐに分かった。 私より幾分若いご主人は、全国の酒蔵を回って(酒蔵ばかりではないが…)看板を撮っているという私の話に、「変わった趣味ですね。でも楽しそうですね」と、人の良さそうな柔和な表情で切り返されてしまった。
本日二度目の返答に、ホーロー看板を撮影することがそんなに変わったことなのだろうかと、今更ながらに自問自答するのであった。
さて、夏の終わりのハーモニーと題したホーロー探検もいよいよ終盤である。
レポートを盛り上げるためにも、旅の最後を飾るにふさわしい発見が兵庫県であったことを、ぜひとも書いておかなければならない。
国道から適当に入った脇道にその店はあった。 随分前に店を閉めたように見える建物には、「ナショナル乾電池」や「ホンダドリーム号」、「岡田タイヤ」などの超レアモノが忘れ去られたように貼られていた。
このところの探検では新規発見について厳しいものがあったが、これは久々のホームランである。
特にドリーム号はホンダが1949年に製造を開始したバイクのシリーズであり、ホンダにとっては、原付の「スーパーカブ」と並んで、いわゆる“看板ブランド”であったらしい。
この看板がいつの時期のものか分からないが、1960年前後の大卒初任給が1万5千円だった時代、17~18万円もしたという憧れのバイクであった。

探検レポート275

後からでもそんな歴史を調べてみると、改めてその重みを感じるのである。
こうしたお宝との出会いは、まさに一期一会。
夏草の匂いと風にそよぐ稲穂のざわめきを重ねてカメラは一瞬を切り撮り、そして最後は、忘れえぬ思い出となって、僕の記憶の底に収まっていく。(おわり)
(2013.1.29記)
※画像上/岡山県英田町で。のどかな田園風景に孤高の案山子。絵になる風景 。
※画像中/早朝の岡山県津山市郊外、吉井川の河川敷で。一羽の雁が一直線に羽ばたいていった。
※画像中/古い町並みが残る若桜町を歩く。
※画像下/鳥取県八頭町にある若桜鉄道安部駅。映画「男はつらいよ・寅次郎の告白」(平成3年)のロケ地になったことがあり、駅舎のベンチには寅さんの等身大のぬいぐるみが置かれている。



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Profile

つちのこプロフィール
つちのこ
岐阜県在住。
歩き旅とB級グルメの食べ歩きが好きな定年オヤジです。 晴耕雨読ならぬ“晴読雨読”生活に突入し、のんびりとした日々を送っています。
2020年には、少年のころからの夢だった、北海道から鹿児島まで日本列島を徒歩で縦断。
旅の様子はブログ『つちのこ更新日記』で発信中です。


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