琺瑯看板探検隊が行く

ホーローの旅

レポート281 京都へ~仁丹看板を探せ!完結編

2013.3.2-3
京都府京都市


探検レポート281

青春18切符を利用した仁丹看板探しの旅もいよいよ完結編である。
昨年末に作り上げた看板リストも埋まり始め、京都市内の発見枚数は500枚を超えた。
しかし、仁丹楽會が昨年8月に行った調査によると782枚の現存が確認されており、その意味では十分といえない成果であり、まだまだ探検の余地もあるのだ。
今回の旅は自分なりに最終章と位置づけ、撮り残した看板を探すべく京都に向かった。
3月に入ったというのに、古都・京都は底冷えがする気温の低さで迎えてくれた。京都タワーを見上げる空に雪がちらちらと舞っている。
人一倍寒がりの私だ。レンタサイクルのペダルをこぐ脚が寒さに順応できず、何度も攣りそうになるのをこらえた。
しつこく探してみる…今回の探検のコンセプトである。
というのも、一度探して見つからずに“消失?”と判断した看板が、その後の情報で実は現存をしていたという経験を何度も重ねるうちに、淡白な探し方を反省することになった。
それこそ、庭木に隠れたものや電柱に貼られたもの、2階の軒下でチラリとしか見えないもの、路地の奥の奥にあるもの…これまで探して見つけられなかった看板は、そんなロケーションにもあったわけだ。
まず向かったのが、京都駅から西に2キロほど行ったJR東海道本線の北側のエリア。前回の探検では簡単に通り抜けてしまったエリアである。

探検レポート281

しかし、リストを元に丹念に探せば、見つかるではないか!古い商店の壁面や、民家の玄関前、そして少しばかし死角になった一方通行の路地…。
元々、町名看板は辻や町の境界といった人の行き来があり、目のつきやすい場所に設置されたものだが、時間が経過するにつれ、建物のリフォームや区画整理等の理由で、当初貼られた位置から変わってしまったケースが多い。
2階部分のエアコンや雨トイのパイプの陰に隠れていることもあり、それこそ首が痛くなるまで頭上を見ながら歩くということもある。
こうしたわざわざ見つけ難い場所に貼られている看板を探し出す楽しみも、京都の仁丹町名看板の魅力である。
おそらく仁丹看板に魅せられた人々の共通する感情ではないだろうか。
また、京都の町を巡るホーロー探検では、仁丹看板はかりでなく、思わぬ副産物に出合う楽しみもある。
「胸やけ胃痛にノモルザン錠」の鮮やかな青地の看板は、2005年に京都を初めて訪ねた時に見つけた看板である。
あれから8年の時を経ても残っていることが素晴らしい。 “琺瑯の華”と呼ばれるクスリの看板は収集マニアが多く、オークションでも高値取引されている人気カテゴリーである。
それだけに“琺瑯狩り”の被害も全国的に広がっており、今では滅多に見つけることができない状況となってしまった。

探検レポート281

町が近代化していく中でも混然一体となって価値ある古いものは残り、こうした希少な看板もひっそりと息づいていく環境が古都・京都の魅力である。
看板ばかりでなく、例えば古い牛乳箱もそうである。今回の探検で見つけた、簡潔に「牛乳箱」としか書かれていない箱は、おそらく戦前モノだろうか。
こうした年季が入った箱がそのまま玄関先に設置されているのも、古いものを大事にする京都らしさの現れだと思う。
更に年季が入った米穀店の軒下で「プラッシー」の看板を見つけた。これまで電飾のプラスチック看板は何度か見かけたことはあったが、ホーロー製は初めてである。
「プラッシー」は武田食品が昭和32年(1957年)に発売し、いったんは発売中止になったもの、現在でも販売されている息が長い果汁飲料である。
昭和30年代に一世を風靡した飲み物で、町のはずれにある、精米の粉っぽい匂いが漂う米屋の店先で売っていた記憶が子供心に残っている。
ビンの底に沈殿したみかん果汁の“カス”を眺めながら、何度も振って飲んだ思い出がよみがえる。
夏の飲み物としては、カルピスと並んで人気を二分していた時代だ。その後にコカ・コーラやファンタが僕らの人気アイテムとなっていったと思う。
仁丹看板に話を戻す。 年末から気合を入れて京都に通ってきたが、今回もやはり十分な成果とは言い難かった。
二日間、それこそ脚を攣りそうになりながらもレンタサイクルのペダルを漕いで見つけた看板は158枚。 再訪再撮影も多かったが、それでも初見看板を59枚探し出すことができた。
簡単には“消失?”の判断はしたくないが、どれだけ探しても見つからない場合は、自分なりに納得した判断でもある。

探検レポート281

完結編と位置付けた今回の探検で京都市内の仁丹看板は合計で565枚の積み上げとなったが、上京区と下京区ではいまだ確認できていない看板が100枚近くあり、更に調査の継続をしていく必要を感じている。
しかし、そんなことを強く思いながらも自分の現状に置き換えてみると、探検から3か月が経ってこのレポートを書いている今、思い通りにいかない人生の無常さも感じている。
京都から遠く離れた単身赴任の宿で、独り地図を眺めてやきもきしているのだ。
梅雨に入った杜の都の空を見上げながら、京都の空に、寒さをこらえてペダルをこいだ古都の町に思いを馳せている。
(2013.6.16記)
※画像上/色街のたたずまいが残る宮川筋。赤い提灯がずらりと並んで揺れていた。
※画像中/夜が明けたばかりの河原町近く。風俗店が並ぶこのあたりも朝は喧騒とは無縁の静けさがあった。
※画像中/「牛乳箱」と書かれた箱。見るからに古そうだ。上京区中筋通堅亀屋町あたり。
※画像下/3月3日の一杯…「なるかみ」千本寺之内 並600円 背油が入った定番系京都ラーメン。スープも麺も旨い。
※宿泊/ザ・バレスサイドホテル 素泊まり3900円。京都御所に近いロケーション。静かで快適な宿。周りにはコンビニや飲食店もある。宿料が高い京都にあってはリーズナブルだ。☆☆☆☆★



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Profile

つちのこプロフィール
つちのこ
岐阜県在住。
歩き旅とB級グルメの食べ歩きが好きな定年オヤジです。 晴耕雨読ならぬ“晴読雨読”生活に突入し、のんびりとした日々を送っています。
2020年には、少年のころからの夢だった、北海道から鹿児島まで日本列島を徒歩で縦断。
旅の様子はブログ『つちのこ更新日記』で発信中です。


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