琺瑯看板探検隊が行く

ホーローの旅

レポート320 楕円の崑ちゃんに出会った、新潟の旅 後編

2015.5.17
新潟県新潟市~阿賀野市~阿賀町~福島県西会津町~喜多方市~宮城県蔵王町


探検レポート320

▼5月17日
昨日とは打って変わった晴天の中、出発。目指すは新潟市である。
誰も歩いていない早朝の小さな商店街をゆっくりと走る。旧月潟村は信濃川と並行して流れる中ノ口川沿岸の村で、現在は2005年の市町村合併で新潟市に併合されている。
レトロな建物が並ぶ商店街はお宝の匂いがプンプンするが、意に介して見つからない。
まだスタートしたばかりなので、いかにもお宝が隠れていそうな木造の民家や、とうの昔に役目を終えてシャッターを閉めたような商店をチェックしていく。
種苗の組合会員証の看板と押し売り看板を見つけた。「押賣物貰強談嚴禁」と旧字体で書かれた小さな看板は、いかにも古そうな木造家屋の玄関口に貼られていた。
新潟県内には全国的にみてもこうした防犯注意の看板がよく残っている。 昭和30~40年代の風俗として、テレビ番組やマンガ、漫才、落語のネタとして使われるくらい、押し売りはポピュラーなものだった。
刑務所帰りの男が「奥さん、ゴム紐買っておくれ」という決まり文句に、玄関先に居座って買わせるまでてこでも動かないというシーンが多かったことを覚えている。
記憶の糸を辿ると、我が家にもこうした人たちがたびたび現れていた。
ゴム紐以外にもメリヤスの生地や足袋、靴下、チクロ入りの缶詰。更に、これは主に女性の押し売りだったが、避妊具もあった。

探検レポート320

"売薬さん"と呼ぶ富山の薬売りのおじさんも年に何回か訪ねてきた。彼は私たち兄妹にいつも紙風船をくれるので、子供心に押し売りは「悪い人」、売薬さんは「好い人」と区別をしていた。
訪問販売の商品や手口も変わって、「押し売り」という言葉も死語となったが、今となっては懐かしい思い出である。
さて、中ノ口川に沿って北上し、旧白根市街に入った。白根商店街はかつて船運で栄えたという。
800メートル以上続く商店街には戦前までに建てられた町屋が現在も100軒以上残っており、風情ある町並みをつくっている。
"古い町にホーロー看板あり"…ここは思った通り看板の棲息地帯だった。雪除けの雁木の軒下や商店の柱を細かくチェックしていくと、リアルなデザインが素晴らしい「ダリヤリバティトニック」や「毎日香」、「日の出麦」の看板があった。
また、商店街から一歩離れ、細い路地に入っていくと、玄関前をほうきで掃いているお婆ちゃんの姿。
誰もいない早朝に首からカメラを提げた私は、彼女にとって不意の闖入者に映ったのだろうか。怪訝な表情に変わる寸前にすかさず「おはようございます!!」と言いながら通り抜けた。
運がいいことに、その先には編み物教室のホーロー看板がかかっていた。 市町村合併で広大な都市になった新潟市だが、文字通りどこまで行っても新潟市内のホーロー探検となってしまう。

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亀田町や新津市も新潟市に編入されてしまったので、自治体名までとルール化している探検レポートの撮影地として「新潟市」と記すのも、地域カラーが無視されたようでちょっとばかしやるせない。
そんな状況の中、異彩を放つ看板商店に出会った。
道路を挟んで酒屋があるので、こちらは旧店舗となるのだろうか。ビールの空箱や木箱がうず高く積まれ入口をふさいでいる。
屋根はところどころ剥がれ、建物全体が傾いでいるように見えた。
しかし、素晴らしいのはそこに貼られたホーロー看板たちである。地酒や塩、コカ・コーラの看板など6枚が貼られていた。
誰もいないことをいいことにカメラを向けると、ファインダーの先に人の姿。慌ててカメラを下す。この店の奥さんだった。
悪いことをしているわけではないが、こうした場面は本当に決まりが悪い。奥さんには怪しい人に映ったに違いないと思いつつ事情を説明すると、すんなりと撮影許可を貰うことができた。
しばらく話をするうちに、昔はこの店で商っていたことや、看板は嫁いでくる前から貼られていたこと、「酒の司金剛」を造っていた蔵はすでに廃業したことなどを教えてくれた。
ほんの短い立ち話だったが、看板にまつわる背景がおぼろげながらに浮かんできて、こうした出会いもまんざらではない。
振り返ると最近のホーロー探検では、看板の姿を追いかけ、ひたすらカメラに収めていく作業が主となっていることを否定できない。
看板探しを始めた当初は積極的に人に話しかけ、交わっていくことがホーロー探検の醍醐味だと位置づけていた。
看板商店なら店の中にまで入っていき、「他には看板はないか」と店主に声をかけていた。

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気さくな店主に当たるとお茶やお菓子をご馳走になって、看板話に花が咲いたこともあった。 それが何年続いたのだろう。10年が経過して、今の私はいつの間にか人を避けて歩いている。
だとしたら私のホーロー探検もずいぶん無味乾燥なものになってしまったに違いない。もう一度、自分自身のスタイルを見つめ直す時期がきているようだ。
午後を回り、JR磐越西腺に沿って県境を越えると、そこは会津。雪を抱いた山を背景に、優しい匂いがする田園風景が私を迎えてくれた。 そんな中にも看板たちの姿はあった。
いかにも田舎にありそうな木造の小屋や土蔵をそのまま使った商店。そこに貼られた地酒や肥料の看板たちは、しぶとく生き延びていた。
風雪に耐え、半世紀以上生き延びている看板たちに敬意を表して、シャッターを切った。 空は爽やかな五月晴れ。
二日に渡った新潟の旅もいよいよ終盤である。 (おわり)
(2015.11.23記)
※画像上/新潟県阿賀町の参観集落。雪を抱いた只見の山がまぶしい。のどかな田園風景に癒される。
※画像中/古い家屋が軒を連ねる白根商店街。雁木のある建物も多く残っている。新潟市。
※画像中/新潟県と福島県の県境の花畑で。ヒメジョンの蜜を吸うスジグロチョウ。
※画像下/新潟市郊外で見つけた広大な田園に残る用水路の水門。爽やかな風が頬に当たる。



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Profile

つちのこプロフィール
つちのこ
岐阜県在住。
歩き旅とB級グルメの食べ歩きが好きな定年オヤジです。 晴耕雨読ならぬ“晴読雨読”生活に突入し、のんびりとした日々を送っています。
2020年には、少年のころからの夢だった、北海道から鹿児島まで日本列島を徒歩で縦断。
旅の様子はブログ『つちのこ更新日記』で発信中です。


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