琺瑯看板探検隊が行く

ホーローの旅

レポート324  梅雨の終わりの東北三県、のんびりドライブ探検

2015.7.18-20
岩手県奥州市~花巻市~秋田県仙北市~大仙市~横手市~湯沢市~山形県真室川町~大石田町~村山市~尾花沢市


探検レポート324

今にも降り出しそうな梅雨の朝、東北自動車道を北に向かう。
岩手県から秋田、山形を巡る三日間のホーローの旅が始まった。
最初に目指すのは岩手県奥州市江刺区にある酒屋。江刺は蔵の町として有名で、町の中心部の中町には美しい白壁の蔵が並んだ通りもあって、落ち着いた佇まいをみせている。
明治6年創業、白壁の土蔵の存在感が圧倒的な柏木本店の玄関に立つ。
元は造り酒屋だったというが、昭和13年をもって酒造りを止め、今は酒の販売に専念している。
しかし、近年になって酒造メーカーの協力のもと、創業時の銘柄である『富久柏』を復活し、江刺にあっては元気がある酒屋の一つとなっている。
柏木本店の蔵の中はギャラリーとなっており、店の歴史を物語る木製の看板や陶器が所狭しと並べられていた。もちろん、私の目的はホーロー看板である。
店のご主人に来店の目的を話しながら蔵の中を案内してもらった。
ホーロー看板は蔵元だった頃の銘柄「寶津・富久柏」や、酒屋になってから店に掲げた地酒の看板もずらりと並んで、その輝きにため息が出るばかりだ。
かつて訪ねた静岡県下田の土藤商店のギャラリーも素晴らしかったが、この店も引けを取らない。
看板ばかりではなく、酒造メーカーの販促物であるレトロなポスターなども大切に保存されており、後世に残そうとするご主人の熱意には頭が下がる。

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見学のお礼に復活した「富久柏」の大吟醸を購入すると、ご主人のお母さんから「看板が好きなら、ぜひ持って帰ってください」と、「寶津・富久柏」のホーロー看板をお土産にいただいた。
私には看板を集める趣味はないが、これも何かの縁である。大切にしたいと思う。
江刺を離れ、花巻に向かう。5月の出張時に花巻インター近くで見つけた金鳥の看板を撮影するのが目的だ。
全国的にみても東北地方には金鳥看板はあまり残っていないが、花巻の物件は対で貼られるキンチョールの看板は無いとしても、大きな蔵に2枚並んで貼られている。
遠くから見てもインパクトがあるし、交通量が多いバイパス沿いなので、よくぞ残っていたと思う。
花巻からは秋田自動車道に沿って国道107号線を西に向かうが、錦秋湖の手前で通行止め。仕方なくいったん戻って北上西インターから秋田自動車道に乗り、湯田インターで下りた。
湯田温泉郷がある湯田町は、昭和を感じるレトロな町並みもあってホーロー探検には心が躍ったが、期待むなしく何もなかった。
更に、ここからが今回の旅の期待ルート。湯田町から西和賀町(旧沢内村)を経由して雫石に至る、県道1号線に沿って北上するルートである。
左に和賀山脈を見ながら田園風景を走ると、あまりののどかさに鼻歌も飛び出してくる。と言っても、古いフォークソングばかりだが。
さて、このルート、2時間を費やしてひたすらハンドルを握るも、お宝の姿を見ることなく期待倒れに終わってしまった。
雫石から県境を越えて角館までは過去にもトレースしているので、先を急ぎ、途中のJR田沢湖駅近くにある「赤鳩トタン板」の看板が貼られた屋敷を撮影して、初日の探検を終了した。 角館の叔父の家に着いた時には、ドンピシャのタイミングで雨となった。

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二日目。雨は止む気配もなく降り続いていた。
法事に出席した後、叔父、叔母に見送られて出発。すでに午後3時を回っている。
探検開始には中途半端だが、湯沢市に宿を取っているので、まっすぐ走れば2時間の行程である。
大曲の町を抜け、JR奥羽本線に沿って西へ向かう。刈和野駅~峰吉川駅間にある「東芝テレビ」の看板が貼られた屋敷を撮影するが、この屋敷は秋田の出張で新幹線「こまち」の車窓からいつも眺めている物件である。
屋敷の近くにクルマを止めて、田んぼのあぜ道からカメラを向けるが、ぬかるみに足を取られて、靴が泥どろになってしまった。
国道13号線を南下し、奥羽本線に沿って湯沢市に入ると、目に飛び込んできたのが看板屋敷。
「金鳥」「トーア毛糸」「日の出桜学生服」が貼られた民家だが、壁の一番下の位置に貼られている。恐らく車窓から見えないかもしれない…そんなことを考えながらズームを覗くと、錆びて裏返しになった2枚の看板が羽目板代わりになっていた。
往年は素晴らしい看板屋敷だったかもしれないが、今となってはその役目も終わっている。
陽が沈みかけると、うっとおしい雨も上がった。『小野小町生誕の里』と銘打っている湯沢市小野にある旅館に投宿。
JR横堀駅の前に建つ、いわゆる駅前旅館である。素泊まりの宿なので、途中のスーパーで買い出しした弁当とビールで空腹を満たした。
六畳一間、部屋の窓を開けると、人も歩いていない駅前道路が見える。
街路灯に群がる蛾がくるくると回り、ぶつかっては落ちていく。まるで寅さん映画に出てくるロケーションそのものである。
虫の声と、忘れた頃に走り抜ける、ガタゴトというレールに響く貨物列車の音が心地よく、あっという間に眠りに落ちた。

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三日目。雨は上がっているが、今にも落ちてきそうな曇天。東北の遅い梅雨はまだ明けないようだ。
小野の町から少し北上してJRの線路に沿って走ってみると、感が当たったのか、「ジューキミシン」と「菅公学生服」を発見。どちらも東北の大らかな風景になじんでいる。
今となってはホーロー看板がある風景は、昭和を物語る貴重な残像に違いないだろう。 いつまでもあるわけではない。
だから私は、こうした風景を少しでも多く目に焼き付けたくて探しているのだ。
県境を越え、山形県に入ると真室川町となる。
2005年の東北遠征で訪ねた「資生堂石鹸」がある商店は健在だった。
驚いたのは店の前で掃除をしていたおじいちゃん。何と10年前に同じ場所で出会ったこの店のおじいちゃんではないか。Tシャツにステテコ姿は間違いなく、あの時のお爺ちゃんだ。
10年前に訪ねた時はあいさつを交わして写真を撮らせてもらったが、今回はクルマから降りることなく、徐行しながら目礼し、ゆっくりと通り抜けた。
真室川町からは大石田を経由して村山市に抜けると、再び雨になった。
「やまがたの棚田20選」という触れ込みの「中沢の棚田」のビューポイントに立ち寄るも、霧にかすんでよく見えなかった。
肌にまとわりつくような雨は止む気配もない。こうなるとホーロー探検もモチベーションが落ちるばかりだ。
適当に走りながら仙台に戻ることを考えハンドルを握った。 ナビも確かめずに、方角も気にせずに走ったことが災いしたのか、小さな集落でどん詰まりとなりUターンを繰り返す羽目になった。

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何度目かのUターンの末、坂道の途中にある集落にお宝の姿が…。 倒壊しかけたトタン小屋に貼られた看板は、なんと、「頭痛にノーヂ」と「キングトリスガム」の看板。
小屋の裏に回ると、「感冒ユイツ」の看板も付いていた。 "青天の霹靂"とはこんなことを言うのだろうか。逆転満塁ホームランである。
適当に走る…できれば鼻歌なんぞ口ずさみながら、のんびりと走る。うーん、いいではないか。
にやつききながら再びハンドルを握ると、またもヒット!今度は「雪の元」だった。
うれしいことに初見タイプではないか。更にしばらく行くともう一枚発見。笑いが止まらないとは、このことである。
しかし、笑ってばかりもいられなかった。この日の探検はこれで運が尽きたのか、その後はさっぱり。雨も土砂降り状態になってしまった。
今なら、明るいうちに仙台のねぐらにたどり着ける。あとはひたすらハンドルを握るのみ。
うっとうしく長かった東北の梅雨も、そろそろ終わりが見えてきた。
(2016.1.31記)
※画像上/奥州市江刺区中町。白壁の蔵が並ぶ風景。落ち着いた佇まいに癒される。
※画像中/タイヤで作った巨大な交通安全キャラクター。秋田県仙北市付近。
※画像中/秋田県湯沢市院内で出会った「コロリ地蔵尊」。昔から「コロリさん」として親しまれ、別名塩かけ地蔵。本来は延命地蔵のことをいう。建立は江戸時代中期。参詣者の安楽往生を願って即身成仏を遂げた、僧の徳を偲んで奉られたと伝えられる。
※画像中/秋田県湯沢市小野の田園風景。『小野小町生誕の里』と伝えられている。いかにも米どころ秋田らしいのどかな風景だ。
※画像下/『わらぐちそば』山形県大石田町。大板そば900円。コシがあってボリューム満点。
※宿泊/旅館こまち荘 素泊まり3000円。JR横堀駅前の宿。虫の声がよく聞こえる静かな駅前旅館。☆☆☆★★



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Profile

つちのこプロフィール
つちのこ
岐阜県在住。
歩き旅とB級グルメの食べ歩きが好きな定年オヤジです。 晴耕雨読ならぬ“晴読雨読”生活に突入し、のんびりとした日々を送っています。
2020年には、少年のころからの夢だった、北海道から鹿児島まで日本列島を徒歩で縦断。
旅の様子はブログ『つちのこ更新日記』で発信中です。


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