琺瑯看板探検隊が行く

ホーローの旅

レポート353 TOKYO真冬のホーローウォーキング

2017.1.29-30
東京都豊島区~練馬区~板橋区~台東区~北区~墨田区


探検レポート353

都内の町名看板探しも9回目。今回は気合を入れて二日がかりの徒歩探検である。
仙台から早朝の新幹線に乗り、山手線を乗り継いで池袋、更に西武池袋線に乗り換えて椎名町駅へ向かう。駅前から県道317号線を渡った『目白5丁目30』がこの日のスタート地点となった。
いつものことだが、最初の一枚目を外すと空振り続きの一日になるというジンクスがぬぐえない。しかし、今回はばっちりだ。あるべき場所に看板はつつましく貼られていた。 幸先が良いスタートに、これから始まるウォーキングの探検が楽しくなることを期待して次に向かう。
再び西武池袋線に乗り桜台駅で下車。2枚目の看板は駅から至近にあった。 良いペースである。事前にGoogleストリートビューで確認しておいたが、これまでの経験ではすでに剥がされていたことも多くあったので、素直にうれしい。
さて、3枚目からは気合を入れて歩きだす。板橋区小茂根1丁目から下板橋駅付近に散っている看板を撮っていく約5キロの行程である。
歩数計を確認するとまだ9千歩なので、ウォーミングアップのレベルだ。足取りも軽く、いよいよエンジンがかかってきた。

探検レポート353

江戸時代に川越街道の宿場だった下練馬宿がある北町は、昭和の匂いがする商店街やアーケードが残っていた。かつては辻だと思われる交差点には仁王の石仏が安置されている観音堂もあり、ウォーキングの楽しさを満喫しながら歩いた。
もちろん3枚残っている町名看板にもファインダーを向けていくことは忘れない。 北町からはわざわざ狭く細い路地を探しながらそのまま北上し、『徳丸3丁目20』の看板を撮って踵を返す。
ここからが本日最後の踏ん張りとなる。 『田柄1丁目』から『早宮1丁目』を経て地下鉄有楽町線氷川台駅までの約7キロは痛みとの闘いとなった。
足の裏にできた大きなマメは水泡となり、途中で見つけたドラッグストアで消毒液と安全ピンを買い、水を抜いた。最後は痛む足を引きづるようにゴールする始末となった。
久し振りのホーローウォーキングは最初の意気込みと気合はどこへやら、最後は全身筋肉痛の抜け殻となって地下鉄、JRと乗り継いでJR南千住駅に着いた。
夕暮れが迫る17時。疲れた体を引きづるように跨線橋を渡り、定宿がある山谷のドヤ街に向かった。
この日の歩行距離は28キロだった。

探検レポート353

翌日、独房のような3畳一間で目が覚める。
体の節々が軋むようで、踵にできた靴擦れが痛い。キズバンを貼り山谷を後にした。 午後から仙台に戻るため、のんびりとしていられない。
最初に向かったのが『西ヶ原1丁目』の看板がある霜降橋。いわくありげな名称だが、東京には気になる地名が多くあり、それだけでも東京を歩く価値があるように思う。
JR駒込駅から地蔵堂やレトロな銭湯を見ながら目的の看板に向かって足早に歩く。看板はすぐに見つかったが、脇道に入ってみると道幅が間口3間ほどの昭和チックな小さな商店街があり、良い雰囲気を醸していた。
商店街を抜けたところで踵を返し、再び駒込駅に戻り、地下鉄南北線で王子駅へ。木造の長屋風の建物にあった看板を撮影した。
さて、残るはあと一枚。両国の看板である。 両国といえば大相撲。最後の一枚は高砂部屋の目と鼻の先にあった。
目的の看板は都内では珍しくなった板壁にひっそりと貼られていた。
おそらく力士たちが朝に夕に見ている看板だろう…そんなことを思つつ青い空に突き刺さるスカイツリーを見ながらのんびりと駅に向かった。
(2018.6.17記)
※画像上/JR南千住駅の跨線橋から見た風景。夕暮れ迫る鉄道風景に無機的な冷たさを感じた。
※画像中/スタートの1枚目は町工場が並ぶ一角にあった。
※画像下/川越街道の宿場だった下練馬宿。辻にたたずむ観音堂には2体の仁王像が安置されており、するどい眼光を往来に向けていた。
※宿泊/『ほていや』 素泊まり2800円。南千住駅から徒歩10分のいわゆる山谷にある。旅慣れた人には申し分ない宿。東京探検の定宿。☆☆☆☆★



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Profile

つちのこプロフィール
つちのこ
岐阜県在住。
歩き旅とB級グルメの食べ歩きが好きな定年オヤジです。 晴耕雨読ならぬ“晴読雨読”生活に突入し、のんびりとした日々を送っています。
2020年には、少年のころからの夢だった、北海道から鹿児島まで日本列島を徒歩で縦断。
旅の様子はブログ『つちのこ更新日記』で発信中です。


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