琺瑯看板探検隊が行く

ホーローの旅

レポート385 奥三河から静岡へ、初冬の探検

2022.12.7-8
愛知県東栄町~新城市~静岡県浜松市~島田市~愛知県武豊町~刈谷市~豊田市


探検レポート385

木枯らしの吹くなか、久しぶりのホーロー探検に出た。
久しぶりと書くのは、純粋に看板探しが目的の旅だからだ。 今年は日本縦断を始め、中山道、東海道といった歩き旅を目的にして、そのついでに見つけた看板を撮影してきた。
看板探しにどっぷりと浸かることで、忘れかけていた探すことの楽しみを思い出したい。
地図を眺めながら決めたルートは、奥三河から浜名湖を抜け、浜松、島田まで。
ルートの多くは過去の探検でトレースしているが、あわよくば見落とした看板などあればありがたい。
そんな思いを胸に、初冬のホーロー旅が始まった。

▼12月7日
自宅から奥三河山間部に向かう道はいくつもあるが、足助町を経由して下山村から旧設楽町へ向かう道を選ぶ。
刈り取りが終わり、すっかりはげ山になった日本の棚田百選で有名な四谷千枚田を眺めながら、のんびりとハンドルを握る。 最初の目的地は旧鳳来町にある田峰という小さな集落だ。
7~8年前になるだろうか、町歩きのブログを通じて交流があった今は亡きZさんから教えていただいた情報に、田峰の町名看板があった。
その後の6年にも渡る単身赴任生活もあって、田峰の看板のことが気にはなっていたもの、クルマで2時間以上もかかる最奥の集落には重い腰を上げれず、訪ねることができないまま時間は過ぎていった。

探検レポート385

事前にストリートビューで確認してみると、かの看板はまだ残っているようである。 そんな思いと期待を胸に山を越え、田峰の集落に立った。
しかし、そこには看板の姿はすでに消えていた。 かつて看板が貼られていた蔵の板壁はトタンが張られ、跡形もない。 ここまでクルマを走らせて空振りである。
何度も経験していることだが、さすがに悔しさが込み上げてくる。 もっと早く訪ねることができたらという後悔と、Zさんに済まないという思いが交錯した。
クヨクヨしていても仕方がないので、踵を返して他サイトから拾ったJR飯田線沿線にある町名看板に向かう。
ストリートビューの事前検索で所在地が確認できなかったこともあり、現地で探せばなんとかなるさ…という軽い気持ちで集落の中をいったり来たり、しつこく何度も探してみたが「鳳来町玖老勢副川」と「浦川町上市場」の2枚とも見つけることができなかった。
すでに午後を回っているのに、地酒の看板を見つけたくらいで収穫はなく、焦りも出てきた。
せっかく天竜まで来たので、2009年に撮影した看板商店を訪ねてみたが、件の店は跡形もなく消えていた。
中将湯やオロナインといったクスリの看板が賑々しく貼られた店だったが、全国にはこうした店はいくつもあってあの頃は珍しくもなかったが、今となっては国宝級の看板商店に違いない。
かつて一世を風靡した看板たちはどこに消えたのだろう。
時代の流れを感じるとともに、ホーロー看板が前世紀の遺物といっても良いくらい稀少なものになってしまったことを今更ながらに痛感した。
平成の市町村合併で今は浜松市となった天竜に入って、県境を越えたこともあり、投稿者のとらのしっぽさんからいただいた情報をもとに、醤油醸造元を訪ねることにした。
一件目は、「高嶺ソース」や「やままん醤油」を造る明治8年創業の明治屋醤油㈱さん。
この醸造元に看板が貼られていることは以前から知っていたが、訪ねる機会がなかっただけに、ずらりと並んだ看板のロケーションに感動。 商標の【高嶺】は静岡の名峰富士山を指すようだ。

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さらに浜松市内に向かい、「ヤマヤ味噌醤油」の看板を撮影し、国道一号線バイパスに乗った。
目指すは、島田市にある「大井川醤油」を造る醸造元。 10月に旧東海道を歩いたときに、すぐ近くまで行っていたが、徒歩の旅の“辛さ”もあって、あと5㎞の道草がどうしてもできなかった。

この醸造元が東海道の道すがらにあったら良かったのにと思いながら、泣く泣く通過したことが頭にこびりついていた。
浜松から大井川までは40㎞近くあるが、クルマならなんでもない。 夕暮れが近づく空を眺めながら一気に走った。
醸造元の売店に着き、まずは対応してくれる女将さんと世間話をしながら醤油を1本購入。
一通り店内を見まわしたあと、それからおもむろに本題に入る。
「そこにある看板の写真撮ってもいいですか?」
いきなり看板を撮りたいというと、警戒心をあらわにされるので、こんな調子で、撮影許可を貰い看板や店内の写真を撮らせてもらった。
看板商店では過去に何度か撮影拒否にあっているので、出費はかさむがまずは商品を購入してから撮影許可を貰う、というやり方がいつしか私のスタイルとなった。
それだけに酒蔵を一日に何軒も回る時は、財布の紐がほどけて仕方がない。
自分が飲む酒はともかく、カミさんの好きな梅酒も忘れない。
今回のホーロー探検では酒蔵1軒と醤油蔵4軒を回ったおかげで、クルマの後部座席には酒や醤油、味噌やたまりせんべいまで転がることとなった。
前半の奥三河山間部での町名看板探しはボーズに終わってしまったが、後半の醸造元巡りでは予定通りの収穫を得ることができ、初日を終えた。
あわよくば看板との偶然の出会いを期待して、奥三河から天竜の山間部の小さな集落や街道筋を走ってみたりしたが、一枚も姿を見ることができなかったのが残念だった。

この日は、大井川から踵を返して浜松に戻り、駅から少し離れたホテルに投宿。
周りには飲食店もなく、すっかり暗くなった夜道をコンビニを探してとぼとぼと歩くことになった。

探検レポート385

▼12月8日
浜松には未練もないので、120㎞離れた愛知県の武豊町にナビをセットする。
当然のように看板との出会いを期待して下道を進むが、ナビで【一般優先】を選択すると、秋に歩いた国道1号線に沿った旧東海道を辿ることになった。
ここはすでに歩いているので新鮮さはなく、看板との出会いも期待できない。
しかし、次にセットした【距離優先】は最悪だった。 田んぼの脇道のようなロケーションや一方通行、渋滞にはまったり…疲れが倍増する運転である。
結局、【一般優先】に戻し、出発から4時間後に潮の香りが漂う武豊の町に着いた。
さて、蔵の町として有名な武豊を訪ねた目的は創業140年の醤油醸造元『中定商店』さん。
いつものごとく、まずは売店で女将さんと世間話をしながら醤油やせんべいを購入。
この蔵には店で使われた道具や看板などの資料が保管された、明治に造られた蔵を改造した資料室があることを調べてあるので、女将さんに頼んで見学させてもらった。
蔵の中には、お目当ての醤油看板と蔵に貼られていた『整理整頓』や『火気注意』といった標語看板が保管されていた。いずれもこの蔵の歴史を物語る資料である。
親切に説明をしてくれる女将さんの案内のもと、ありがたく撮影させていただいた。

武豊を後にして、あとはのんびりと下道を走りながら自宅に戻るだけだ。
道の駅でミカンを買い、ずっと以前から気になっていたクスリや町名看板を撮影して二日間の探検を終えた。
500㎞を走ったドライブとなったが、スタート前の目論見通り、どっぷりと看板探しに特化できた旅に仕上がったことが何よりもうれしかった。
(2022.12.18記)
※画像上/JR飯田線沿いに広がる山間の集落の風景。急な斜面にへばりつくように民家が並んでいるのが見える。12月7日
※画像中/日本の棚田百選に選ばれた四谷千枚田。全国棚田サミットも開催されている。12月7日
※画像中/天竜川の山間の町浦川の町並み。12月7日
※画像下/武豊町の老舗醸造元、中定商店の蔵。創業140年を誇る。12月8日
※宿泊/ホテルヴィラくれたけ浜松 ☆☆☆☆★ 1泊朝食付き6300円。周りに飲食店がないのがマイナス要素。



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Profile

つちのこプロフィール
つちのこ
岐阜県在住。
歩き旅とB級グルメの食べ歩きが好きな定年オヤジです。 晴耕雨読ならぬ“晴読雨読”生活に突入し、のんびりとした日々を送っています。
2020年には、少年のころからの夢だった、北海道から鹿児島まで日本列島を徒歩で縦断。
旅の様子はブログ『つちのこ更新日記』で発信中です。


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