琺瑯看板探検隊が行く

ホーローの旅

レポート61 能登半島一周ホーローの旅 後編

2005.10.1
石川県羽咋市~志賀町~輪島市~珠洲市~能登町~穴水町~富山県氷見市~高岡市


探検レポート61

朝もやがたちこめる中、一夜を過ごした宝達志水町の運動公園を後にする。
空はどんよりとした厚い雲に覆われ、聴き取りにくい雑音の中、カーラジオは天候の悪化を告げている。
半島先端までの長い行程を思うと、この天気では憂鬱になってくる。どうやら雨が降り出すまでの短い時間が勝負のようだ。
羽咋市から志賀町までは、微かに漂う塩の香りを嗅ぎながら走る。アタリをつけて狭い路地まで丹念に探すが、志賀町ではめぼしい収穫はなく、次の旧富来町へ急ぐ。
坂道が多いこの町も海辺が近く、湿った風に乗った波の音と、汐のざわめきを感じる。
一面ツタに覆われた屋敷の板壁に、「コロナテミック編機」を見つけた。赤い部分がちらりと見えていただけなのに、何やらピーンとくるものがあり、ツタを引き剥がすとそれはレア物のお宝だった。
調子が出てきたのか、富来町では更にボンカレーやお茶の看板をゲットした。
旧門前町あたりから雨が降り出した。風も出てきたようで、撮影の都度、レンズの水滴をティッシュで拭き取る作業を繰り返すことになった。
輪島市に入ると小雨になり、朝市を冷やかしながら市内を探険するが、なかなかお宝を見つけることができない。
半ばあきらめかけていたとき、適当に入った一方通行の路地に小さな食料品屋を見つけた。
いきなり目に飛び込んできたのが、狭い店の入口で魚をさばいている恰幅のいいおばさん(といっても、私と同じくらいかなぁ)。
背中越しに見えるのは、「三ツ矢ソース」の短冊看板だ。
「いらっしゃ~~い、安いよ~」 おばさんのよく通る声が響く。僕のほうは、俎板の上でさばかれている魚よりも、ホーロー看板に目がいっている。

探検レポート61

「あのぅ、そこにあるソースの看板の写真を撮りたいんですけど…」 いつもの調子で、交渉を開始。包丁を握ったまま、おばさんは店の中に入れという合図をくれた。
イカや魚の干物がぶら下がった店内にはソース以外にも電球や佃煮の看板もあり、壁面には仁鶴のボンカレーのステッカーもあった。すっかり気をよくした私は、ナスやミョウガ、里芋をお土産に買ってしまった。
輪島からは海岸線に沿ってひたすら走る。天気がよければ素晴らしい景色だろうが、雨と風が半端ではなく、時折出てくるホーロー看板をせっかく見つけても、車から下りる気にもなれず、ひたすら先を急ぐ。
先端まで行くつもりだったがあっさりと諦め、珠洲市への内陸道に変更した。結果的にはこれが奏して、市街地手前の小さな集落のたばこ屋で、「朝日」と「敷島」がデザインされた超レアモノをゲット。
店主によると爺さんの代からあった看板らしく、昭和の始め頃のものではないかということだったが、真偽は分からない。
珠洲から穴水、七尾までは海岸線を忠実に走る。「福正宗」と「金鳥」の看板はしつこいぐらいに貼られている。雨も激しく、今度は傘を片手に撮影を繰り返していく。
(晴れていたら最高だろうなぁ)と思いつつ、横殴りの雨に叩かれながらの最悪のロケーションをうらやみ続けた。
氷見から高岡市内に入ったところで、すでに16時を回っていた。雨はようやく小降りになったが、ラジオは明日も雨の予報を流している。
戦意喪失…もうこれ以上、雨に濡れたくなかった。琺瑯探険の魅力も雨にはかなわない。高岡インター近くでガソリンを補給したとき、申し合わせたように携帯電話が鳴った。
(カミさんからだ…)と着信表示を確認した途端、開口一番に、「これから帰るわ…」と告げていた。
家に帰りたいというよりも、家族のもとに帰りたいと思う、センチメンタルな自分に苦笑した。(おわり)
(2005.10.15記)



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Profile

つちのこプロフィール
つちのこ
岐阜県在住。
歩き旅とB級グルメの食べ歩きが好きな定年オヤジです。 晴耕雨読ならぬ“晴読雨読”生活に突入し、のんびりとした日々を送っています。
2020年には、少年のころからの夢だった、北海道から鹿児島まで日本列島を徒歩で縦断。
旅の様子はブログ『つちのこ更新日記』で発信中です。


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