琺瑯看板探検隊が行く

ホーローの旅

レポート77 大量ゲット! 春まだ浅い紀州街道を行く【後編】

2006.2.19
和歌山県湯浅町~由良町~御坊市~有田市~海南市~紀の川市~九度山町


探検レポート77

海風が頬をなでる。海岸線から港を跨ぐ橋を渡ると、そこが湯浅の町だった。
早朝ということもあって、人の姿は見えない。碁盤の目のように仕切られた一方通行の狭い路地を、琺瑯看板の姿を求めて車を走らせる。
町の西側には江戸時代から続く町家造りが並ぶ一角があった。玄関扉の横には、医者や職人の道具がガラスケースに入れられて展示してある。なんとも粋な町並みである。
車がやっとこさ通れる路地で、「ロート目薬」の看板を掲げた薬局を発見。“シマズ イタマズ”とはっきり読める。朝からツイテいるではないか。
国道42号線を御坊に向かう。JR紀勢本線につかず離れず南進すると、酒や学生服の看板もぽちぽちと出てくるから楽しい。
往時は看板屋敷だったと思われるような、「富士ヨット学生服」と「日立電気ポンプ」がついた小屋を見つけたが、側面には「カゴメソース」のカゴメのマークだけ残っているのが寂しかった。
時間があったら更に南を目指したいところだが、御坊市で折り返すことにし、市内をざっと回った。古い自転車屋がやたら目につく町で、レアものも含めて何枚かゲット。
これで気をよくして、港に近い集落の狭い路地に入ったのがいけなかったのか、道幅がどんどん狭くなり、最後は進むに進めず曲がることも出来ない状態になってしまった。
運転を副隊長のあんもんに代わって、民家の駐車場を借りて曲がろうとしたが、曲がりきれず結局助手席側のドアをキズつけた。誘導までしたのに、彼に損害をかけて申し訳ないことをした。

探検レポート77

吉備町、有田市と看板を求めて北上。和歌山市はカットし、海南市からは橋本、五條方面に抜けることにする。
海南市では「美人豆」を発見。これはぜひ見つけたかったお宝である。泉麻人・町田忍共著『ホーローの旅』に詳しく書かれているが、本社は和歌山県有田らしい。しかし、地元よりも九州地方に多いのも不思議なことだ。
さて、今回の探検の最高のパフォーマンスといえば、貴志川町で遭遇した肥料店だろうか。広い倉庫の四方八方になんと、40枚以上もの看板が貼られていた。
当サイトでは肥料・飼料系の看板は160枚近くをリスト掲載しているが、初見の看板だけでも10枚以上が貼られており、まるで博物館のようだ。
これまで遭遇した肥料店でも最高クラスの看板商店である。ひょっとしたら国内トップの商店といってもいいかもしれない。 貴志川町からは那賀町、九度山町を経由して五條市に出た。
昭和の初めの雰囲気をそのまま残したような一角にある那賀町の酒屋や廃業した雑貨屋も、いい味を出していた。静かに時を刻みながら朽ちていく商店に、さりげなく貼られた琺瑯看板がごく自然になじんでいた。こうした姿を目にしたときが、琺瑯探検の醍醐味というか、至福の時なのだろう。
久々に大量ゲットとなった早春の紀州路は、2006年の今日になっても、お宝たちのまだまだ健在の姿を充分に見せてくれた、パワーと癒しを感じた二日間であった。
(2006.2.28記)
※画像上/湯浅の町並み。カーブや路地が多い。日曜日の早朝、町はまだ寝静まっていた。



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Profile

つちのこプロフィール
つちのこ
岐阜県在住。
歩き旅とB級グルメの食べ歩きが好きな定年オヤジです。 晴耕雨読ならぬ“晴読雨読”生活に突入し、のんびりとした日々を送っています。
2020年には、少年のころからの夢だった、北海道から鹿児島まで日本列島を徒歩で縦断。
旅の様子はブログ『つちのこ更新日記』で発信中です。


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